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死神とアリスの迷宮

紫煙、硝子の雲海、女、70mの万華鏡。君はそいつを見上げてる。声がする。
『二度とこの場所に来るのでない。二度とじゃ』


「奇妙な夢を見たんだ」
「前は臓器を50万で売る夢だったよな? 医学部で」
スケッチブック柄の眞人とアメフト体系の博。熱心に勉強しない彼らは近代建築賞を取った昼下がりの大学内カフェに来ても、賢そうな話題で茶を濁す。
「——起きろ、そして来るなって言われた」
「その続きは?」
「覚えてない」
博が指をバキバキ言わす。
「解るぜ、ストレス溜まった時に見る奴。運動しろ」
「フロイトは否定されてら」
「 おい、向こう。なんの騒ぎだ?」
博はコーヒーカップを置く。視線の先には人だかり。

2人は飛び出す。騒ぎの原因は直ぐに分かった。煉瓦造りの中央棟、58階もある塔の屋上鐘堂、端に女が立っている。長髪が風で靡く。

眞人は……分った。厳密には、この光景を、知っていた。
「あの女これから死ぬぞ」

衝撃は、唐突だった。
眞人は顔を背けたが、隣の博の目は見開いている。

アアアーーーーッ!

ぷつ。

地下鉄で寝てた。怖い夢を博にLINE送る。「疲れ?」のスタンプ。
疲れてる。確かに。椅子が幾何学的回転を始め、吊革が水色になり、窓の外は白く、俺の手のひらに目玉……。
目玉。

「え?」

ずりりと這う音。

足元。

頭の割れた女、どろどろと、臓物や血を流す。

「……!」
心にささくれ生えない奴は居ない。人間の精神が、そうなっている。

「騒ぐでない」
隣にフードの輩。小さい。顔は見えないが女の子だ。

「地獄は楽しいとこぞ」
「じ、地獄?」
「生きたまま行くとは羨ましい。止めてあげたんじゃが」
「あの夢はお前が」
「悪いが現実はこっち。生き延びたいなら儂と来」

まず帰せ。

「最初に言うが期待は外れる。じゃが、この女の問題をまず解けば、少し見えるじゃろ」
「よくあるな。過去に戻るのか?」
「違うわ。儂は死神……こやつの思い出を食いに行く」

気がつくと、噴水の前にいた。

【続く】

コインいっこいれる