見出し画像

あの日、あの街で、彼女は。〜浜松町駅〜

道、人、食べ物。思い出が凝縮された街。

お盆明け、照りつける太陽の下、産休育休に入る先輩の引継ぎから始まる。新卒の頃からお世話になった、大好きで憧れでえくぼが可愛い先輩。浜松町で担当したのはたった1社だけ、たった1人だけ、たった1年半だけ。思い出の濃さは、質量と比例するとは限らない。

「浜松町駅」と区別がつかなかった「浜町駅」に通い始めて約1年後、ようやく片割れの街に降り立った。山手線だけでなく、東京モノレールで羽田空港間を繋いでいたのは初知りだった。

JR南口改札を出て、最南端の細い階段を降りる。直行前に愛用していたプロントを通り過ぎ、高層ビルの間を歩いていく。引継ぎの日からずっと同じルートを行き来していたのに、その日だけは違った。

「次回の更新日で、もう更新しません」と事前に退会宣言を受けていた。宣言から数ヵ月、不安と焦りに胃を痛めながら手を尽くしたものの、担当者の意志は変わらない。

退会を阻止するための訪問準備を目一杯して迎えた当日、最終手段で召喚したのは上司だった。上司の出した助け舟に全力で乗っかり、なんとか事なきを得た。感謝と安堵で泣きそうな彼女、南口からは離れていつもと違う帰り道だった。上司から「喫煙所に寄りたい」の一言。訪問前も、北口から喫煙所を経由していたそうだ。上司を待つ喫煙所リストに「浜松町駅北口」が追加された。

意図せず、南口から遠ざかってしまった日もある。訪問終わりで、直帰する前にカフェを探していた雨降りの夜。慣れた道のはずなのに、逆方面に進んでしまい迷っていた。引き返す気力も残っていない、湿った暗闇を抜けてたどり着いた先は芝公園駅。ぼんやり滲んだ明るい方角を見上げたら東京タワー。

雨降りの夜に不意打ちで出会った東京タワーが
心に沁みてエモかった。

前述以外の浜松町の記憶を羅列させてほしい。直行前のプロントで、経緯報告書の話が筒抜けだったお客さん。タリーズで産休前最終日の大親友の同期に手紙を書いたこと。タリーズのテラス席でzoomを繋いで、「もっと自分に期待しなよ」と嫌いな上司(※タバコの上司ではない)に言われたこと。ひとりでふらっと入った中華料理屋さんで、なぜか円卓に案内された日の麻婆豆腐定食。新卒の頃から見てた後輩への引継ぎ訪問後に、一緒に食べた炭火焼き親子丼定食。

些細な記憶は数えきれないけど、人と食べ物の繋がりが多い街だった。

いろんな記憶が交錯する街、淡くてエモい思い出を抱えて生きる彼女を思い出す。

あの日、あの街で、彼女は。


*プロローグ

*マガジン

※基本的には経験上のノンフィクションですが、お客さん情報の身バレを防ぐために一部フィクションにしています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?