画廊巡り(仮)
最近、画廊巡りにはまっている。
基本的に一人でまわる。画廊巡りを始めた当初は、あの扉を引くのにどれだけの勇気がいっただろう。いや、そんなことなかったかな。扉から放たれる、摩訶不思議な雰囲気に吸い寄せられ、気が付いたら扉を引いていたのかもしれない。子供のころ、初めておもちゃを手にしたような、そんな感覚に近かったような気もする。いや、実家に帰って、母の手料理を食べたような懐かしい気持ちもあったような。それとも、子供のころ、真夜中に目が覚め、ひとりでトイレに行かないといけないときのような、どこか知らない世界に迷い込みそうな感覚かな。
芸術を理解するものさしを持ち合わせていない私が、画廊巡りをするのはおかしいだろうか。
ひとつひとつ、作品の周りには、その作品が醸し出す空気によってなのだろうか。独特な世界観が漂っている。その空間が好きなのだ。何を表現しているのか皆目見当もつかない作品もある。ただ、それでも、その空間がなんとなく好き。それでもよくない?だめかな。だめでもやめないけど。
理解できないとはいったものの、基本的に、画廊は2周する。意味はない。ただ、なんとなく、もう一回展示をみたら、何かが分かる気がするのだ。大抵の場合それは徒労に終わる。芸術を理解するには、私の人生は短すぎるのかもしれない。そんな絶望に似た感情も沸き起こってくる。
そんな私の母は芸術家だ。
私は、画廊に何を求め、何を期待しているのだろうか。静寂に包まれたその空間が私に語りかけることはない。
ただ、怒涛のごとく過ぎ去っていく時間のなかで、時の狭間に取り残されたような佇まいの建物が妙に目に留まるのだ。そして、私はまた画廊に足を運ぶのだろう。
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