中学受験の国語の問題分析 #2 【洗足学園 2020年度 第1回 大問 1」】

 過去問分析の「#2」です。今回は、洗足学園の過去問を扱います。問題に使われている文章は、南野忠晴氏の『正しいパンツのたたみ方ー新しい家庭科勉強法』です。

 この文章の切り取り方からは、洗足学園の受験生に「働く」ということについて考えてほしいという想いが伝わってきます。少し踏み込んで解釈するのであれば、ジェンダーの問題について誠実に考える子を求めている、乃至は育てたいという想いもあるのかもしれません。それを表面的に扱うのではなく、根源的に扱うために、教養としての労働観や社会観を求めているよう思われます。

【問題の特徴】

 洗足学園の問題は、とても解きやすい良い問題だと思います。誤解を恐れずに言うのであれば、模試のような問題です。学習塾で努力している子が、その努力を発揮しやすい作りになっています。そのため、近年はハイスコア勝負になる傾向です。個人的には、そういう問題をとても美しい問題だと感じています。

 算国の2教科で7割得点しても合格しないというのは、非常に厳しいものです。国語だけで言えば、解きやすいとはいえ、記述問題も多く、確実に70点を取るのは難しいチャレンジになるでしょう。1問の配点も大きく、ミスが許されない戦いになります。

 これまでの教え子の受験から考えても、ハイスコア勝負の洗足学園は、「まぐれの合格」が少なく「まさかの不合格」が多い印象です。ある一定のレベル以上じゃないと合格する可能性は薄く、それ以上のレベルの子達の中でミスをした子から脱落する受験になっている感じがします。特に、国語の最高点が87点というところから考えると、安定して算数で70点以上の得点力が無い子は、危ない受験になるはずです。その意味で、算数勝負の学校です。

【合格するためには】

 採点者所見にある得点率を見ると、国語では2つの点が合否を分けていると考えられます。

1.記述問題を解ける能力があるかどうか
記述問題の得点率が低いです。所見を見ても、かなり厳しい採点をしているように思われます。全ての問題で部分点を取り切れないと、苦しいでしょう。

2.記述以外でミスをしてはいけない
逆に記述問題以外の問題で、正答率が70%を下回る問題はありません。
ゆえに、記述が書けない子は、なおさら落としてはいけないことになります。記述以外の問題を完璧に行える子は、記述が書けなくても合格するでしょうが、それは無理とは言えないまでも、苦しい挑戦になるはずです。

【記述から見えてくる理念】

 洗足学園の入試では、記述の得点力が大切であるとお話ししたので、ここでは具体的に記述問題について分析を進めます。

[問一]
 「『個人の生活』と『社会』の関係が、『労働』というものを通じてしっかり結びついていました。」という部分に傍線を引いて、その説明を求めています。所見には、

1行目から 12 行目にかけて書かれている、労働を介した社会と個人の生活の関係の説明をまとめます。設問に合わせて、答案の文末は「~こと。」にする必要があります。3点程度の部分点の答案が多く少し難しかったようです。

と述べられています。
 これは、文章の構造から考えると、傍線部が意味段落のまとめの部分になっていることに気付けるかどうかが重要です。そのため、この意味段落で扱っている話題をまとめる必要があります。この問題は、受験生の基礎的な文章読解力を試すことができる作りです。洗足学園の国語の入試問題が美しい所以のような問題です。

 この問題では、文法的な理解と同時にテーマ的な理解も必要としていると思います。その点において、この文章ではカール・マルクスの「類的存在」の理論の理解が必要だと考えられます。人間は、共同体の中で共同生活を行う社会的動物であるということ、その媒介として機能しているのが「労働」であるという理解です。模範解答では、

一人ひとりの労働によって社会が成り立ち、労働の成果によって個人の生活も成り立つということ。

とあります。「社会」と「労働」の関係を正しく理解していることを示しながら、その「労働」が個人の人生そのものになるという「人間」の本質に迫れれば、しっかりと点数がもらえるはずです。

[問三]
この問題は、今回の出色の一題と申し上げたい一題です。この問題は、傍線の後の段落の内容をまとめるだけの問題ですが、それをまとめるのは、非常に難しい。所見には、

「社会のためって感じじゃない」とあるように、現在の人々が感じる理由を説明する問題です。47 行目から 52 行目に述べられていることをまとめます。設問に合わせて、答案の文末は「~こと。」にする必要があります。傍線部の言い換えだけの答案が目立ちました。

とあります。「傍線部の言い換えだけの答案が目立ちました」とあるのも、文章のテーマが理解できていない子は、軒並み弾かれたためではないでしょうか。模範解答を見ると、

労働は利益を得る手段であり、 「社会」の規模の拡大と労働状況の細分化のため、自分の仕事の社会的役割が見えにくいから。

とありますが、傍線部の後の段落の要約で、こんなゴリゴリの記述を小学生が書けるわけがありません(笑)
この記述を書けるようにするためには、マルクスの「労働の疎外」を理解していなければならないはずです。それを深く理解して、初めてこのような要約が書けるようになるはずです。

 ただ、こういう記述解答を書けるゴリゴリの小学生を育てたいです(笑)
この問題は、洗足学園が最難関校に近づいた証の一題だと感じます。このレベルの記述を受験生に求めているところに、洗足学園の教育の素晴らしさが見え隠れするところです。

[問四]
 「ちょっと話が大きくなりすぎました。」というところに傍線を引き、その大きな話題を説明させる問題です。これも、文法的に解説しやすい問題です。
 傍線が引かれている部分が、短い二文で段落を切られています。そのことによって、前後の段落の話題をはっきりとわけていることがわかります。直前の段落が「大きな話」、後の段落が「卑近な話」に話題を戻している段落になります。ゆえに、模範解答を見ると、前の段落の話題のみを切り取って、その話題の前後で行われている「卑近な話」を整理する問題になっています。その意味では、「卑近」という日本語の意味を知っているかどうかでも、書ける書けないが別れると思います。語彙力を試す作りにもなっているので、やはり洗足学園の問題は美しいです。

 ただ、個人的な感想を申し上げれば、「ちょっと話が大きくなり過ぎました。」というところにしか傍線が引いてないので、直前の段落の「大きな話」だけをまとめられればいいのかなと思っています。
 むしろ、この問題で字数一杯に、自由主義経済の問題点をゴリゴリに説明する記述が書ける子を育てたいです(笑)
それで、4点失って3点しか取れなかったとしても、その4点は目を瞑って捨てて良い4点です。問題全体を通して考えると、この問題は、自由主義経済の問題点を理解しているかどうかで勝負が別れるはずなので、新自由主義の問題点を理解し、キレッキレの持論を展開する小学生に育てていれば問題ないはずです。

結語

 以上のように、今回の入試問題からは、洗足学園が「社会」や「労働」といった人間の営みについて、その深い理解を受験生に求めていることがわかります。裏を返せば、洗足学園が中高の6年間を通して、子供たちをそのような姿勢の大人に育てていきたいという理念が伝わってくる問題です。

 もし、洗足学園の国語を解けるように育てたいのであれば、「社会」に対する正しい理解を育ててあげる必要があると思います。

補記

 前回は、頌栄女子学院について書き、今回は洗足学園について書きました。もし、このような形で分析を行って欲しい学校と年度がございましたら、ぜひコメントをお寄せください。


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