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【小説】メンズエステのめぐみさん⑥

1話からの続編です。

6話 佐藤のその後


「店長。無事終了しました。」
「めぐみちゃん、お疲れー。今の所指名なしの待ちなし状態でーす。今日はお客の引きが悪そうなのに、出勤者も多いから今日は帰ってもいいよ。」
「ありがとうございます。じゃあ今日はお言葉に甘えて上がらせてほしいです。」
「お、珍しいじゃん。お金にがめついNo.1が口車に乗って早退なんて。」
「なんかあほな客で気疲れが多かったんです。」
「と言うと?」
「時代遅れなハラスメント気質で男尊女卑。自分のことが全く見えていない。よく結婚出来たなって久しぶりに思いました。客じゃなかったら金玉蹴ってますよ。」
「めぐみちゃんがそこまで言うってことは相当だな!」
店長の引き笑いが今日は無性に癇に障る。相当疲れたのだろう。
「はい。ちなみに、抜いてほしいとか迫ってきたので今後出禁にしてもらえますか?」
「えー。そのくらい軽くあしらってよー。」
「店長!No.1様が言うんですよ?このくらいの1人や2人はわかってください!」
電話の先には大きなため息が聞こえる。
「まあ、普段はあんまわがままも言わないし。本当に苦手なんだろうね。その人のことが。わかった!でも今後はこういうのなしにしてよ!そういう人って変なデマとかネットに書き込むから。」
「わかりました!」
電話が切れると戸締りをして部屋を後にした。

「おい、なんか佐藤部長変じゃないか?」
朝礼の時、佐藤の明らかな変化に、部下の高城はつい企画部の加藤に声をかけた。
ワイシャツはよれていてしわも目立つ。そして、一昨日と昨日に引き続き蕎麦の汁がしみついたままだ。つまり3日連続で同じワイシャツを着ているということなのか?
目がやけに充血していて、目の下には彫刻のような、くっきりとしたクマが掘られていた。

一昨日のことだった。高城は、ナイスなナイトで施術を受けて、家に帰ると明かりがついていた。おかしいなと思いながら、明かりがついたリビングに入ると、そこには、妻と娘が座っていた。
「あれ?旅行は今日じゃなかったのか?」
今日の施術の高揚感を抑えられないまま、テンション高く妻に尋ねた。
「ずいぶん楽しそうね。」
「パパ。いや、ゴミクズ。私達見ちゃったのよ。お前がマンションに入っていくところを。調べたらいかがわしいお店みたいじゃない。だから私達旅行もキャンセルしてここで待ってたの。」
妻はバンと離婚届を机に叩きつける。
「後はあなたが書くだけ、慰謝料はどっぷり頂くわよ。」
「え、いや。待ってくれ!そんなところ俺は行ってない!」
「あれだして!」
娘が渋谷駅からマンションに入るところまで全てが写真に収められていた。
「どうせ、あなたのことだから社用のスマホだったら電話しても大丈夫だと思っているんでしょ?」
「どうせね。ほら、スマホを出しなさい。」
佐藤は意気消沈したまま社用スマホを出す。そこには、電話の記録と、ショートメールのやり取りが残っていた。
「これで私達もやっと終われるわね。これからは弁護士を通じてしか話しません。あなたとは話したくないから。今日は実家に帰らせてもらいます。」
バン!ドアが閉まる音がした。
まさに天国から地獄とはこのことだった。
そして、佐藤は地獄から天国に戻ることはなかった。
 

「佐藤君、朝早くから電話してしまってごめんね。」
時間を見ると、ちょうど7時を回ったところだった。
一昨日、昨日と一睡もできなかった佐藤は寝坊を恐れて始発に家を出て、6時には会社に着いていた。
「社長、お疲れ様です。今日はたまたま早く家を出たので大丈夫です。」
「ほう、ただ早く出社した割には、君の声はやけに元気がないね。」
「はあ。少し家庭のことで色々ありまして。始業までにはいつも通りになるので大丈夫です。ご安心ください。」
「家庭のことか、、、それは離婚騒動のお話かね?」
心臓が一瞬止まった。社長はこちらを気にせず話を進める。
「まあ、君にそんなことがあったのにこういうことを言うのはなんだが。早く伝えてあげたほうが君にとってもいいと思ってね。早朝なら誰もいないと思うし。今日は君に2つの選択肢をあげようと思ってね。」
「2つの選択?」
「そう。昨日、緊急で役員会議を開いたんだ。ある社員の処遇についてね。他の役員からは社長は温情が過ぎるとも言われたんだが、私も、君を部長に進言した手前ね。それに君には新卒から今日までこの会社を支えてきてくれたという功績もある。だから、さすがにかわいそうと思って。」
すぐさま言葉が出てこない。
「簡単に言うと、自主退職するか、新卒入社の給料で平社員として働くか君に選んでもらいたい。」
「な、ななな、なんでですか?私が風俗に行ったからですか?風俗が原因で離婚するからですか!?風俗と言ってもメンズエステですよ?そんな重い処罰を受けなくても!」
「佐藤!」
温厚な社長の怒鳴り声が佐藤の言葉を遮る。

「君は少し問題を起こしすぎた。ただ、その君の風俗の件と、この件は全く関係ない。
A社の件から降格の声はちらほら出ていたんだがね。まあ、それは一度目を瞑った話だ。それは百歩譲っても、一部の部下へのパワハラ、そして、女性社員へのセクハラ。社外に出ると飲食店店員にも横柄な態度をとっているというじゃないか。それに君、経費をちょろまかしているだろ?」
出張先での架空接待や、グリーン車の虚偽申告、それ以外にも挙げ始めたらきりがない。
上にはバレていないはずなのに、、体から汗が吹き出てくる。
「まあ、経費の件はあくまで疑惑だからただの噂と信じますが。ただ、君が営業として表に出るのは少し厳しい。君は弊社の看板を汚しかねない。いや、もう汚しかけているかもしれない。これだけは役員の総意なんだよ。」
「そんな。」
翌日から佐藤は会社に現れなかった。その日の朝礼には、佐藤は11月と12月は有給休暇、2023年をもって自主退職をすることが発表された。
後々風の噂で聞いたが退職金も出ないようだ。

11月25日の佐藤の誕生日。「ナイスなナイト」には佐藤から連絡が来ることはなかった。
そして、それ以降も。
佐藤を出禁にするという店長の使命も実行にされぬままだった。

7話へ続く(7月6日公開予定です。)

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