【短編恋愛小説】牛臥海岸の潮風に揺られて④久しぶりの外出
牛臥海岸の潮風に揺られて
目次
1僕たちの青春
2ドライブ
3散歩コース
4久しぶりの外出
5牛臥海岸の潮風に揺られて
4久しぶりの外出
いつもこうだ。
パパとママは旅行になると喧嘩をする。
「あーあ。渋滞だわ。混むから8:00には出ようって言ったのお前だよな?なのに7:40に起きたからこんなんなっちゃった。」
車を運転するパパは、東名高速の渋滞に明らかにストレスが溜まっていた。
「私だって、今日の旅行に向けて昨日の夜にお弁当作ったり家事したせいで寝坊しちゃったんだからしょうがないじゃない!あなたがアラーム掛けてくれたってよかったじゃない。」
「お弁当は結局下準備だけで作れてないけどな。俺は昨日も遅くまで仕事があったからしょうがないだろ?」
「いつも仕事に逃げるよね。寝る前にアラームかけるのと仕事は関係ないと思うけど。」
「家族サービスしてやってんのにこれかよ。」
今日は、下田のサンドスキー場に遊びに行く予定だった。
きっかけは、最強の日帰り旅行!という観光地をランキング形式で紹介するTV番組を見たことだった。
いつも帰りが遅いパパがその日はたまたま早く帰ってきた。大型取引が決まったらしく、いつになくルンルン気分だった。
そのパパの上機嫌を見て、嬉しくて、
「ここ行ってみたい!」
と漏らすと、
「夏休みどこにも行けてないから行くか!」
パパの一声で、この旅行が決まったのだった。
土曜日の弾丸日帰り旅行だったが、まだ、夏休みに家族で出掛けていないみさきにとっては、日帰りだろうが、近場だろうが、家族でどこかに行ければなんでもよかった。
「10時でまだ海老名でこの渋滞じゃ、着いた頃には帰る準備だよ。」
パパは白々しく独り言を言う。
「めんどくさ。」
ママも負けじと言い返す。
「ねえ、みさきは、パパとママとどっか行ければ砂のすべり台じゃなくていいよ?」
「ごめんな。みさき。ママのせいで。また今度絶対行こうな。じゃあ、代わりにどこ行こうか。ママ、調べて。」
パパの絶対は、今まで一回も叶えてくれたことがない。
100点をとったら絶対買ってくれるといったおもちゃもまだ買ってくれてないし、絶対行こうといった映画も上映期間が過ぎた。
人生7年目にして気づいてしまった、悲しい真実だ。
「ねえ、パパ。沼津は?」
「沼津か。前行った時はなんもなかったよな?」
「だって前行った時は付き合い始めだったから、20年くらい前じゃない?ほら見て?前行った時よりも港が栄えてるみたいだよ?」
パパにスマホを見せる。
「本当だ。沼津だと、、、渋滞してても、うーん、2時間半くらいで港まで行けそう!ごめんな?みさき。沼津でもいい?海も見れるみたいだし。」
パパがこういう時はもう決定事項なので逆らってはいけない。
「うん!いいよ!楽しみ!」
一時はどうなるかと思ったが、目的地を変更し、気が楽になったのか、パパとママの間に流れるピリピリが少し緩和された。
海老名を抜けるとだんだんと渋滞が緩和されていき、足柄を超えるころには、渋滞は全くなかった。
インターチェンジから降りて沼津港に着くころには、12:00になっていた。
「思ったより空いてて良かったな!」
パパが上機嫌でホッとする。
湿度もなく浜風が吹いていて、東京よりも2~3度涼しく感じた。
昼ご飯はパパは巨大なかき揚げを食べたがっていたが、多数決で、ママとみさきの食べたい海鮮丼に決まった。
最初は少し難色を示していたパパだったが、色とりどりの海の幸を前にすると目つきが変わり、お店を出る時には大満足な顔をしていた。
お店を出ると前には海にそびえたつ水門があった。
「前来た時こんなのあったっけ?」
「ちょうど工事してなかったっけ?」
「あ!言われればそうかも!!今度この展望水門を見に行こう!って言ったまま来てなかったね!」
「そうよ!私も忘れてた!」
「せっかくだから登ってみない?」
「そうだね!」
ママもパパも楽しそう。それだけでみさきも、うれしい。
先にお土産を買ったり、水族館に行ったりして、少し日が暮れ始めてから水門に向かった。
「ふーん。これびゅうおっていうんだ。東海地震の津波対策らしいよ。」
パンフレットを見ながらママが解説をする。
びゅうおの中は見事だった。
見渡す限りの海と、壮大な富士山。
海と富士山が両方見えるのがこんなに見事とは。
「みさき、凄いきれいな風景だね!富士山も見えるよ!」
「ねえ!あっちに砂浜もあるよ!」
みさきは、富士山とは反対側の砂浜の方を指さす。
「ママ、あそこも行きたい!」
「だってパパ。」
パパは腕時計を見る。日曜日の東京方面の高速道路は確実に混む。
時刻は17:00を回っていた。そろそろこっちを出たいのが本音だ。
しかし、久しぶりの外出で目を輝かせている娘に、帰ろうとは言えなかった。
「じゃあ、ちょっとだけ行こうか!」
みさきの無邪気な笑顔にパパもつられて笑顔になった。
三人は車に乗り込み、港を出て、すぐの大きな橋を越える。
その後すぐに右折をする。ナビで見るとこの先は1本道らしい。
舗装もされてなく、どことなく不気味な狭い道で、本当にナビがあっているか心配になる。
「あ、ワンちゃんだ!」
左側から、ぴょんと犬が飛び出してくる。
普通によけられる位置だったが、みさきの声が大きかったのと、見慣れない街を運転する緊張感からか、一気におでこに冷や汗がにじむのがわかる。
「びっくりした。ここら辺なんか不気味というか怖いよね。」
横を見ると、ママも何かぞわっとした顔をしている。
「なんか、、、びっくりしたよね。俺も思ってた。お?着いたみたいだ。」
ナビは間違っていなかったらしく、三人は無事砂浜に着くことができた。
「あ、さっきのワンちゃんだ!」
先ほど飛び出してきたフレンチブルドッグがテクテクと公園に入ってきた。
「すみません、触っちゃって!」
「いいんですよ!良かったな!たろきち!」
社交的な飼い主に比べて、その犬は、何とも言えぬ生意気な顔をしている。
もはや触られることにイラつきを覚えているようにも見えた。
「凄くはあはあ言ってますね!暑いのかな?水あるから持ってきてあげようか?」
パパは車の方へ戻ろうとする。
「大丈夫ですよ!本当はもっと遅い時間に散歩させちゃいけないんですけど、今日の夜からペットホテルに預けないといけなくてしょうがなく散歩させてるんです。」
「あら。どこか行かれるんですか?」
ママは興味津々に尋ねる。パパは今にもそれ以上聞くなよとむっとした顔をする。
「実は嫁さんが、これでして。里帰り出産中なんです。僕は今日から夏休みなのでこの後に嫁の実家に行くんです。」
飼い主さんは片手で頭をかきながら、お腹あたりが膨らんだジェスチャーをする。
「あらやだ!!それはそれは!よかったですね!おめでとうございます!」
きゃっきゃしているママがおばさんのように見えてつい話を遮ってしまう。
「ママ。そろそろ、砂場に行かないと時間がヤバいんじゃないか?」
「本当ね!みさき!ワンちゃんにバイバイって言いなさい!」
犬に向かって手を振るみさきだが、犬は相変わらず不服そうな顔つきをしたまま、じーっとみさきの目を見ていた。
砂浜に公園の真隣にあった。
「パパママ!海少し入ってもいい?」
普段見ることがない海にテンションが上がっている。
「タオルはあるから、、、よし!これで入ってきなさい!遠くまで行っちゃだめよ!」
ママはみさきの半袖と半ズボンを限界までめくってあげて送り出した。
パパが座っている流木の隣に座る。
「みさき楽しそうだな。」
「そうね。」
「いつもあんなにおとなしくて、聞き訳がいいのに。無理していたのかな?凄くたのしそうだ。」
「そうかもね?私達も反省しなきゃね。今日はごめん。」
「いや、ママは悪くないさ。俺が怒っちゃったから。空気を悪くしてすまなかった。」
みさきが波打ち際を楽しそうに走り回っている。
「ねえ。結婚前に沼津来た時に言ってたこと覚えてる?」
「え、なんだっけ?」
ママはむっとする。
「慎吾君、本当に覚えてないの?」
「美幸、もし僕たちの間に子供が出来てもずっと君を愛し続ける。僕の一番は一生君さ。でしょ?」
パパは照れくさそうにはみかむ。そして、二人の影が重なった。
「あーあ。これ恥ずかしいから忘れたふりをしたのに!」
二人は見つめ合って笑った。
そして、次は先程より長く影が重なった。
「じゃあ、そろそろ時間だし、行くか。おーい!みさき!帰るぞー!」
パパは立ち上がるとそそくさとみさきに向かって歩いていく。
気が付かれただろうか?
二人は赤く熱い頬の原因を、目に染みるほど眩しい夕日のせいにした。
最終話は7/23の18:00に公開予定です!
1僕たちの青春
2ドライブ
3散歩コース
5牛臥海岸の潮風に揺られて
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