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なにかをしてもらって「ありがとう」ではなく、どんなに辛い日が続いても『Thank you』とくりかえす、それがゴスペル

ゴスペルの楽譜を整理した。

いちばん古い楽譜には“2011年10月”と書いてある。ゴスペルを始めてもうすぐ10年、150曲くらいは覚えただろうか。

楽譜を見ると、リズムのとりかた、息の量、強弱のつけかた、ビブラートの位置、英語の発音など、先生のアドバイスがメモしてある。

10年前に習った曲を久しぶりに聴こうと、ヘッドフォンをつけた。Aメロを聞いたとたん、たくさんのシーンが脳内で再生された。

レッスンや自主練の風景。ライブやイベントの光景。スタジオの空気感、メンバーの笑顔。ライブ直前の張りつめた雰囲気、ステージでの一体感、他のメンバーとのアイコンタクト。

全部、ぜんぶ思い出した。

ヘッドフォンから届くメロディーを聴きながら、ゴスペルを歌っているときの多幸感と、心が満たされていく感じを思い出す。

ゴスペルを歌うと、“生きている”という命の躍動を感じる。歌っているうちに、日ごろの悩みや胸の奥にしまってある黒い感情が解き放たれる。心が解放される瞬間。

歌いながら、言語化できないような、あたたかい何かに全身がつつまれる。

ウィルス騒ぎになるまえ、わたしが所属するクワイアには100人を超えるメンバーがいた。いまは20人くらい。メンバーのなかには医療・学校・介護関係者も多く、家と職場以外の人とのコミュニケーションを制限されていて、クワイアに戻ってこれない。

長期間の休講を経てレッスンは復活したが、すっかり様変わりした。

以前は、音楽スタジオに入り大勢で歌っていた。横を向けばすぐそこにメンバーがいて、アイコンタクトをとったり、笑顔をかわしたりしながら歌っていた。

いまは、ドアと窓を開け放したスタジオに4名の定員。ビニールハウスのようなブースが4つあり、大きな合唱用マスクをつけて1人ずつ個別のブースに入って歌う。

みんな別々のブースだから、横を向いてもビニール越しで顔は見えないし、アイコンタクトもとれない。大きな合唱用マスクが顔のほとんどを覆い、笑顔もかわせない。

それでも、ゴスペルを必要とするメンバーがクワイアに戻ってきている。わたしはクリスチャンではないけれど、ゴスペルはわたしにとって不要不急ではない。心の平穏を保つために不可欠なものだ。

ゴスペルは“神様への感謝のラブソング”だ、と教えてもらった。

ゴスペルには『Thank you, Lord』-神様ありがとうございます-という歌詞が頻繁にでてくるが、これは感謝のためだけのフレーズではない。

「ありがとう」と言えるような状況からたとえ遠く離れていても、『Thank you, Lord』と歌う。

泣きたくなるような辛い日が続いても、愚痴を言いたくなるような毎日でも、『Thank you』とくりかえす。

心から『Thank you』と思えるまで『Thank you』と歌い続ける。

何度もなんども。

どうか感謝の気持ちをもてるように、わたしを導いてくださいという願いを込めて。

なにかをしてもらって「ありがとう」は普通のこと。でも、ゴスペルではそうではない。さきに『Thank you』と口に出す。感謝の言葉をさきに言って、なんども繰り返せば、あとから感謝の思いがついてくると信じて歌う。

だからゴスペルの歌詞には『Thank you, Lord』があふれている。たとえ、どんなにひどい日が続いたとしても。想像のおよばないようことが起こり、心のおきどころに困ったとしても。

いつでも、いつだって『Thank you』なんだ。

ゴスペルの先生は、このウィルス騒ぎさえも「大人数で歌えないけど、少人数のクワイアを指導するいい機会。そのチャンスに恵まれた」と話していた。

その証拠にトリオやカルテットなど、少人数クワイアの曲を教えてくれるようになった。そのおかげで、新しいゴスペルを知ることができる。

ゴスペルは奥が深い。ハマったら抜けられない。

すっかりハマったわたしは、ゴスペルがライフワークになった。これからもずっと歌い続ける。すっかり生活の一部になっていて、日々どこかのシーンに必ずゴスペルがある。ゴスペルは、わたしにとって日常だ。

そんなふうに思わせてくれたお気に入りのゴスペルはいくつもあるけれど、そのうちの大好きな1曲を最後に紹介したい。

アメリカゴスペル界のスター、カーク・フランクリンの”My Life is in Your Hands”。ブラックゴスペルを歌っている人なら知らない人はいない、といわれる名曲で、多くのクワイアがカバーしている曲。

”My Life is in Your Hands”の”Your”は神様のこと。
“わたしの人生はあなたの手のなかにあります”を意味する、心に響くゴスペルだ。




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