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教え子と飲む酒が1番おいしいんだ

拝啓

暑い日が続きますね。T先生、お元気ですか?

クール宅急便、届きました。先生の手作り野菜、500kmの距離を旅してきたんですね。いつもありがとうございます。

子供たちと一緒に開けたら、カラフルな夏野菜がたくさん。思わずみんなで『おぉーーーっ』と叫んじゃいました。

先生から野菜をいただくようになって、もう6年くらいかな?年々、種類が増えますね。

このあいだ中学の同級生から聞きましたよ。「T先生の畑、どんどん広くなって本格的だよ」って。次回帰省したときは、先生の畑を見せてくださいね。

今年はトウモロコシも育てたんですね。すごいなぁ。種類が増えると苦労も多いでしょうね。でもそのぶん、収穫の喜びはひとしおなのかな。

「指導に苦労する生徒ほど、愛着が湧くもんだ」って、数年前に先生が言ってましたよね。あれは、トンカツをごちそうになったときだったかな。

野菜作りはクラス作りに似てるのかもなぁ。そんなふうに想像しています。

定年退職してからはじめた畑、慣れなくて大変だって最初は言ってたけど、今はすっかり馴染んでるみたいですね。先日のLINEには、毎朝5時には畑にいるって書いてあったし。

LINEは便利ですが、先生からの手紙にホッとします。相変わらず達筆!

中学のころとまったく変わらない先生の筆跡を見ると、日記を提出していた中3のクラスを思い出して、懐かしくなります。

いま、子供たちが料理レシピを検索しています。先生にいただいたお野菜を料理するみたい。料理は楽しいと思っているようなので、私は助かっています。

ここまで書いて、いったんペンを置く。

届いたばかりの宅急便に、もう一度視線を向ける。

つややかに光る紫色のナス、赤・黄・緑のカラーピーマン、立派なヒゲをたずさえたトウモロコシ、産毛がチクチク痛いくらいのオクラ、袋からあふれているシシトウ、曲がっているけどトゲトゲがいっぱいのキュウリ。

年に2回届くT先生の手作り野菜。ハツラツとした野菜を見ながら、早朝に畑で働く先生を想像する。

先生が8年前に退職した後、私の帰省のタイミングに合わせてご飯を食べに行ったり、飲みに行ったりするようになった。それまでは、手紙やLINEでのやりとりがほとんど。先生と奥さんが私の住む地域に旅行で来たときは、夕食に合流させてもらった。

年に1度は会って近況報告。恩師というよりは、もっと特別な存在だ。私の性格も、親のことも、家族のことも、仕事のこともよく知ってくれているし、悩みの相談にものってくれる。

前回会ったのは、去年の12月。帰省することをLINEで伝えると、『なにが食べたい?』と返ってきた。

地元の美味しいお店をたくさん知っているグルメな先生。教え子が営む洋食屋さんやラーメン屋さんに連れて行ってくれたこともある。

『富士山の見える場所で、美味しいものが食べたいです』

そう返信した。

富士山が見える場所に生まれ育ち、地元を出るまでは、富士山はあたりまえにそこにあった。でも、富士山からはるか離れた場所で生活するいま、富士山はとても恋しい存在だ。眺めるチャンスがあるのならば、ずっと眺めていたい。

先生はリクエストどおり、富士山の全景が見える中華レストランに連れて行ってくれた。

窓際の席からは、たっぷりと雪をたずさえた富士山が、裾野まできれいに見える。思わずほーっとためいきが出るくらいに真っ白でなだらかな曲線。気温がグッと下がった冬の澄んだ青空に、富士山の白い輪郭がクッキリと浮かび上がっている。

「富士山を見ながら1年ぶりの再会に。カンパーイ!」

コツーン、と音がする。ドライバーの先生はジャスミンティーの入った湯呑み、私は青島ビールを注いだグラス。

「私だけビール飲んじゃって。なんかすみません」

「いい、いい、気にすんな。明日、同窓会があるだろ。ほら、Sちゃんの焼き鳥屋で。賑やかになるだろうなぁ。明日は飲むからな。なんといっても教え子と飲む酒が1番おいしいんだから」

【教え子と飲む酒が1番おいしいんだ】

一緒に食事に行くたびに、先生は口元を緩ませてそう言う。

次の日の夜。

中3で同じクラスだったSちゃん夫妻の焼き鳥屋さん。Sちゃん夫妻の気さくな人柄とボリューミーな炭火焼きで、地元では人気のお店だ。

暖簾をくぐり引き戸をガラガラと開けると、ジューッ、チリチリチリという音と香ばしい匂いが一面にただよう。

うっすらと白い煙の向こうには、先に到着したT先生と同級生。まだ6時だというのに、熱のこもった話し声で店内はずいぶんと賑やかだ。

中学を卒業後初めて顔を合わせる同級生、数年ぶりの同級生、ついこのあいだ会ったばかりの同級生。

「うわぁー。久しぶり久しぶり。懐かしいー!どう?元気だった?」

立ったままひととおり挨拶をしながら、炭火の網に視線を移す。

油がほどよく落ちて角に焦げめができている鶏皮。
たっぷりとタレを纏い、照り照りに光るつくね。
トロリと水分が落ちそうな白ネギを挟んだネギマ。

ゴクリと唾を飲み込み、テーブルを見る。1番に着いたというT先生は、お誕生日席に座り、おいでおいでとみんなを手招きしている。

全員がテーブルにつき、右手にグラスを持つ。グラスの向こうに見える懐かしい顔、顔、顔。

【教え子と飲む酒が1番おいしいんだ】

そう口にするT先生は、教え子1人1人に視線を移し、満足そうにうなずいている。

全員が右手にグラスを持ち、そのグラスを高々と上げる。

「みんなに会えて今日はいい日だ。カンパーーイ!」

T先生の声を合図に、グラスが引き寄せられるようにテーブルの中心に集まる。

チリーン。カーン。カラーン。

グラスの音が幾重にも響く。みんな笑顔だ。とびっきりの笑顔はT先生。

コクコクコクと喉を鳴らしグラスをおくと、一気におしゃべりが始まる。中学校を卒業して何をしていたかを、みんなが口々に話す。

先生はビールグラスを片手に、ウンウンとうなずきながら話を聞いている。

畑仕事で日焼けした横顔。目尻は下がりっぱなしだ。頬杖をついた口元からは笑いがこぼれている。

ビールグラスを持つ腕も日に焼けて真っ黒。髪の毛は薄くなったし、あごもたるんできたし、背中もすこし丸くなったかな。

生徒から“鬼軍曹”と呼ばれ、中学校で1番怖れられていたT先生。あのころは、先生とこんなふうに乾杯するなんて思いもしなかった。

「T先生って、中学のとき“鬼軍曹”って呼ばれてたよね」

だれかがそう言うと、みんなで「そうだそうだ」と、鬼軍曹伝説を次々と語り始める。

「鬼軍曹でもなんでもいいんだよ。今こうやってお前らと飲めるんだから。教え子と飲む酒が1番おいしいんだ。よし、もう1回乾杯するぞ」

T先生が何杯目かのグラスを目の高さにかかげると、みんなのグラスが先生のグラスに引き寄せられていく。

チリーン。カーン。カラーン。

「T先生、カンパーーイ!」

「ねぇ、お母さーん、これ作ってみたんだけどどう?」

キッチンから子供の声がする。

「さっき届いたトウモロコシで、コーンバター作ってみた。あと、ナスをオリーブオイルで焼いたよ」

時計を見るともうすぐ3時。よし、子供たちの作ってくれた料理を今日のおやつにしよう。

「お父さんも呼んできて。おやつの時間だよ、って」

ほんのり焦げめのついたコーンバターと、オリーブオイルをたっぷり吸ったナスをテーブルに並べる。

子供たちのグラスには麦茶、旦那さんと私のグラスには1本の缶ビールを半分ずつ注いだ。

「いただいたお野菜にカンパーイ!作ってくれた子供たちにカンパーイ!」

先生、送ってくれたトウモロコシとナスを、子供たちが早速料理してくれましたよ。トウモロコシ、じゅわーっと甘くて美味しかったです。愛情かけて育てたんだろうな。

今年の夏は帰省しないことにしました。残念だけど、仕方ないですよね。帰省できないかわりに、先生が好きだと言っていた“グランドキリン”、お中元で送りましたよ。そろそろ届くころかな。奥さんと乾杯してくださいね。

また次回会いましょうね。帰省する楽しみの1つは、T先生と会うことですから。また一緒にグラスを鳴らしてくださいね。

今年はひどく暑いし、おまけにこの騒ぎですから、体にはくれぐれも気をつけてください。無理は禁物ですよ。

かしこ

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