映画館と男たち
「一緒に映画観に行かない?」
令和のいまでも、これはデートの誘い文句なのだろうか。
わたしが独身だった頃、映画館はデートスポットのド定番。まだ正式には付き合っていない人を初めて誘う時に使われるのが、映画だった。人並みに恋愛してきたクチなので、男の人に誘われて映画館に行ったことは、まぁ、何度もある。
なかにはお蔵入りにしたい映画デートの話も、記憶の彼方に吹っ飛んでいった話もあるのだけど、今回は、いままで一緒に映画を観た男たちとの忘れられない話をしようと思う。
♢
大学生になったばかりの頃。
数か月前まで高校生だったわたしにとって、キャンパスを闊歩する先輩たちはとても華やかに見えた。フワフワ気分のまま過ごしていたある日のこと。突然、サークルの部長に言われた。
「一緒に映画観に行かない?」
イケメンの部長は人気者だったので、その誘いにビックリしすぎて「なんでわたし?」とポカーンとしていた。すると先輩は、待ち合わせの日時と場所を決めて「車で行くからね」と言う。
突然のことに頭は「???」だらけ。車デートもしたことがなかったので、それがどんなものなのかまったく想像できずに、わたしはただ「あ、はい」としか言えなかった。
当日までなにがなんだか分からずに、心臓はバクバクしたり、モクモク想像したり、緊張したりと、心の騒く日々だった。
先輩と観た映画は「ニュー・シネマ・パラダイス」。
ファーストデートで、これは反則でしょ。この映画を選んだ先輩のセンスが素晴らしすぎる。気合を入れて化粧して行ったのに、エンディングの名シーンでは涙がぼろぼろこぼれ、鼻水まで出てくる始末。映画館から出るときには化粧はグチャグチャだった。
いまでも「ニュー・シネマ・パラダイス」と聞いただけで、あのときの、田舎の古い映画館の匂いと、だいぶヘタっていた座り心地の悪いビロードの椅子と、映画中に先輩とつないだ左手の感触を思い出す。
先輩とお付き合いしているあいだ、何度かドライブインシアターにも行った。好きなお菓子やジュースをたくさん買って、おしゃべりしながら車内で鑑賞。夏の夜に窓から入ってくる潮を含んだ夜風が、とても心地よかったのを覚えている。
「ニュー・シネマ・パラダイス」は、わたしがいままで観た映画の中で1番好きな映画。折に触れて何度か観ているけれど、必ず1人で観ることにしているのは、あのデートを思い出してしまうから、なのかな。
観るたびに味わいが変わるのも「ニュー・シネマ・パラダイス」の魅力だ。毎回、心に響く箇所やセリフが違うのは、自分自身の内面や環境が変化している証拠。
今度観るときには、どんな発見があるんだろう。
♢
「男の人と一緒に映画」といえば、あれはなんだったの?と思い出す、なんともいえないエピソードもある。
「ニュー・シネマ・パラダイス」の先輩と別れて1年くらい経ったころだろうか。1人で街を歩いていると、学部が一緒の男の先輩に偶然会った。通学途中や学食でも話したことが何度もあったので、そこでも立ち話をする。お互いにその後の予定がないのが分かると、先輩は言った。
「一緒に映画観に行かない?ずっと観たいなと思ってる映画があって」
まぁ暇だし、いいかなと思って「はい」と答えて、その先輩と映画館に向かう。入り口にはドーンと大きなポスターが貼られていた。燃えるような紅葉の下で見つめあう大人の男女。そのポスターを指さして、先輩は言う。
「これなんだよね。どう?イイ感じでしょ」
いやいや、それはこのシチュエーションで観る映画じゃないでしょ?それ、本命さんと観にいくやつですよ。たまたま会ったわたしと行く映画じゃないですよ、「恋人たちの予感」なんて。
そう言えたらよかったんだけど、すでにチケットを買ってくれた先輩にそんなことは言えず。「こっちこっち」と手招きする先輩を追いかける。
映画のあいだは話さなくてもいいし、自分の姿や顔をじっくり見られる心配もない。映画を観るのは好きだし、特に恋愛感情を抱いていなくても、いったん映画館に入れば、2時間くらいは楽しめるよね。
そんなふうに思って誘いを受けたのは失敗だったかも。だって、ラブシーンとか出てきたら気まずくない?ただの知り合いの先輩ですよ??
映画の最中は「なんで先輩はこの映画に誘ったわけ?たまたま?」「もっと他の映画があったじゃん、どうしてこれにしたの?」「恋人たちの予感、っていうタイトル、今のシチュエーションになんか関係ある?」「ラブシーンになったらどうしよう?」など、頭のなかでグルグル考えすぎて、映画のストーリーをまったく追えなかった。
だから、そのあとに行った喫茶店で映画の話をしても、先輩とまったくかみ合わない。「映画ちゃんと観てた?」とまで聞かれ、しどろもどろに。
それ以降、その先輩から誘われることは1度もなかった。
あのシチュエーションで「恋人たちの予感」はないですよ、ほんと。色々考えすぎちゃうじゃない。あのときにコメディ映画でも観ていたら、もしかしたら恋に発展していたかもしれないのに。
わたしにとって「恋人たちの予感」は鬼門となってしまった。
♢
社会人になってから付き合った彼とも、よく映画を観た。
最初は映画館に行っていたけど、そのうち、彼のアパートで観るようになった。休日には彼のアパート近くにあるレンタルビデオ屋さんでビデオをたくさん借りて、丸一日ビデオ三昧。
夜遅くビデオを借りに行くことも。コンビニでお酒やおつまみをたんまり買い込み、夜通し観る映画も面白かった。お酒を飲んで頭のネジがゆるんでいるときには「ミセス・ダウト」みたいなコメディがぴったりで、やけに楽しい気分になったのを覚えている。
わたしはヒューマンドラマ系が好きでホラーは苦手だが、ホラー好きの彼につきあわないといけないときがあった。
それは、彼にゲームで負けたとき。
当時はスーパードンキーコングや星のカービィなどが流行っていて、レンタルビデオ屋さんに行く前に「ビデオを選ぶ権利」を賭けて、ゲームで勝負をしていたのだ。負けたときにはビデオを借りに行くのすら嫌だった。ホラーコーナーの前に一緒にいないといけない、あの苦痛。
あの時に観た「チャイルド・プレイ」シリーズがわたしには怖すぎた。
ただ1つ笑えたのが「チャッキーに似てるってよく言われるんだよね、俺」と彼がポソリと言ったこと。笑いながら「うん、確かに!似てる」と返すと、怖いシーンで急に「ワッ!!」と脅かされて超絶ビビった。その後ケンカになったのは言うまでもない。
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こんなふうに「映画と男」の組み合わせでは、いろんな思い出がある。
ここまで書いて思い出した。そういえば、オットと付き合う前に初めて行ったデートも映画だった。そのときも「一緒に映画観に行かない?」って誘われたんだ。
でも、それがなんの映画だったのか。今ではさっぱり思い出せない。
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