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野良猫捨吉

 野良猫の捨吉は天涯孤独のさすらいの猫である。生まれたての頃の記憶はほとんどない。気が付いたら一匹で暮らしていた。草むらの昆虫を見つけては飢えを凌いだ。子猫の時は、烏や鳶に狙われて命を落としそうになったことが何度かある。道路に出て知らずに車に轢かれそうになって間一髪助かったことも1度や2度ではない。
 捨吉は猫相の悪い猫であった。小さい頃から、可愛げがないため、人間の誰も拾って飼おうなどと酔狂なことを考える者はいなかった。
 可愛ければ、子供に拾われて家で飼ってもらえ、高級な食材を腹いっぱい食べさせてもらえただろうが、捨吉には縁のない話であった。
 ある日、公園で一人の中学生らしき少年が、授業中にもかかわらず、ブランコをこいでいた。捨吉にとっては学校とか授業なんてことはわからない。ただ腹が減っていただけであった。
 こいつは何か食い物を持っているだろうか。探りを入れてみようと思った。普段捨吉はあまり人間には近寄らない性質であったが、中学生を安全と判断し、近寄った。
 少年は捨吉に気が付いた。お互いに目が合った。捨吉が一声「にゃあ」といった。少年は捨吉をじっと見ながら「お前、不細工な猫だな」と声を掛けた。捨吉に言葉がわかるはずもなく、また再び「にゃあ」と鳴いた。捨吉なりに、精一杯甘えて見せているのであろう。
「お前に食わせるものはないよ」
 少年はそう一言いうとブランコから降りて、公園から出ていった。捨吉は少年についていった。
 少年は陸橋に立った。下は鉄道が通っている。そしてしばらく下をじっと見ていたが、そのうちフェンスを乗り越えようとした。
 捨吉はその様子を見て尋常ならざるを察し、大きな声で「ふぎゃ~ふぎゃ~」と鳴いた。
 今にも殺されそうな大声を出したので、近くで家の工事をしている職人さんが異変に気付いた。そして急ぎ、少年に近寄り、フェンスから降ろした。  職人さんは警察に連絡を取り、やがてパトカーがきて、少年を連れて行った。
 捨吉は食いっぱぐれたな、というような顔をしてトボトボと歩き始めた。その時、職人さんが、捨吉に向かってスルメをポイッと投げた。
 捨吉はしばらくそれを匂った後、夢中でスルメを食べだした。おかわりもあった。久方振りのまともな食事であった。
 しかし職人さんが捨吉の頭を撫でようとしたら、捨吉はすばやくそれを避けて、逃げていってしまった。
 野良猫捨吉は天涯孤独の可愛げのない猫である。
 

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