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ホテル(ショートショート)

 高校の同窓会の席で酔っぱらってしまった。予約したホテルに戻ってきてたのは丁度午前0時だった。シャワーを浴びたまではよかったが、そのまま生まれたままの姿で、ベッドにダイヴして寝入ってしまった。
 尿意に目が覚め、俺は、トイレのドアを開けた。一瞬何かおかしいな、とは思ったのだが、そのまま小便をしてしまった。
 全部出して気が付いた。しまった。ここはトイレじゃなかった。俺はトイレと間違えて部屋のドアを開け、廊下に放尿してしまった。
 やばい、フロントに伝えて謝らなければ、と思い、部屋に戻ろうとすると、ドアが開かない。ホテルのドアである。一旦開けて閉めてしまえば、鍵がないかぎり、いくらノブを回そうが、叩こうが、開きはしない。
 これは直接フロントに行くしかない。俺は急ぎ、エレベーターの方へ向かった。
 丁度エレベーターのドアが開いた。そこに1人のご婦人が乗っていた。彼女は俺のなりを見るなり、「きゃあああああ」といって、エレベーターのドアを閉めようとした。それはないだろうと、俺もエレベーターに乗ろうとすると、生まれた時からついている股の物がブラブラッと太ももに触った。その瞬間、俺は自分が真っ裸であることに気付いた。
 あわてて俺はエレベーターから逃げて、自分の部屋の方へ走った。自分の部屋の前に着くと、さっきの自分の小便で足を滑らせ、転んだ。したたか頭を打ったが、大したことはない。ただその衝撃と、素っ裸で寝ていたためと、酒の飲み過ぎで、今度は腹の調子が悪くなった。強い便意をもよおした。あいにくこのフロアーにトイレはなかった。
 やばい。このなりでは、フロントに行けない。地獄である。
 そうだ、非常階段を使って降りよう。ここは17階。1階のフロントまで距離はあるが、それが一番誰にも見つからない方法だろう。
 俺は非常階段の場所を見つけると、ドアを開けた。外であった。外についている鉄骨でできた非常階段であった。17階は風が強くて寒かった。便意はもう我慢ができない。ここですることにした。
 液体状の俺の排泄物は、風にいくらか飛ばされていった。すべてを出し終った後、放心状態の俺は、凄まじい寒気を感じた。
 急がねば、急がねば、俺はフロントに向かって階段をどんどん降っていった。
「そこで何をしている」
 警備員が前から3人、突然現れた。エレベーターで出会ったご婦人がフロントに通報したのかもしれず、どこかに設置してあった防犯カメラを見て、警備員が出動したのかもしれず、このさいどちらでもいい。俺は事情を話し、部屋に戻れるように懇願した。
 警備員はフロントと無線で会話をしながら、俺を部屋へと導いた。やっと地獄から解放される、俺はほっとした。
 ほっとして足取りも軽くなった俺は、1段飛ばしに非常階段を昇っていった。
 だがその先には、さっき放出した己の下痢便の跡があり、
 素足の俺は、
 まともに踏んで滑って、
 勢い余って非常階段の手すりを越えて、・・・。

 


松平雅樂守さんの「戦々恐々」にインスパイアされ、設定をパクって新しいショートショートを書いてみました。

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