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ケンジ

 ケンジ君の話をします。ケンジ君は小学校5,6年生の時に同じクラスになった仲の良かった友達です。ただ学校からは問題のある子としてマークされていたみたいです。
 問題があるといっても、盗みをしたり、暴力をふるったり、登校拒否をしたり、ということはなかったです。
 ケンジ君の家は山の斜面に沿って開発された新興住宅街のてっぺんのほうにあります。
 2階建ての家で、隣の家とくっついていた借家でした。決して広くはないけれど、新しい家でした。犬が二匹、大きいのと小さいのがいました。
 ある寒い夜、ケンジ君は犬にエサを与えたら、大きいほうが、小さいほうのまで全部食べてしまったのを黙って笑いながら見ていたそうです。そしたら翌朝、散歩に行こうとしたら、小さいほうが死んでいたそうです。それをさも楽しそうに彼は僕に話しました。僕はそれを聞いて少なからずショックを受けました。なぜそんな話を楽しそうに語るのだろうか。僕は不思議でなりませんでした。
 ケンジ君は明らかに他の子と違っていました。かといって奇行が目立つというほどでもありませんでした。基本的にはいつも僕についてきて遊んでいました。
 ある日、山の中に少年ジャンプがたくさん捨ててあるのを見つけたとケンジ君が教えてくれました。僕はさっそく彼についていくと果たして古いジャンプが山のように捨てられていました。ここを二人だけの秘密の場所にして、放課後毎日のように行ってはジャンプを読み漁りました。
 ド根性ガエル、トイレット博士、マジンガーZ,アストロ球団等々、漫画好きな僕にとっては夢のようでした。
 学期の終わりに恒例で行われるクラス会では僕の脚本で劇をしました。ケンジ君の他、2名を合わせて4人で寸劇をし、それは結構受けました。
 ケンジ君はいつも僕と一緒でした。僕が他の子と遊んでいる時は独りでいるような感じがして、僕も彼といつも一緒でした。
 父兄面談の時、先生から僕の母親に「ケンジ君と仲良くしてくれてありがとう」みたいなことをいわれたと、教えてもらいました。僕にすれば先生に感謝されるいわれはないことでした。
 ある日、家に電話がありました。先生からでした。ケンジ君がそこへきてないかどうかの確認でした。家出したようです。これが彼の問題でした。以前から家出癖があったのでした。それがしばらくなかったところで、いきなりまたその癖がでたようです。
 でも行く先はいつも決まっていました。先生がこっちへ確認などする必要などなかったのです。
 お母さんのところでした。ケンジ君のお父さんとお母さんは離婚をして、お父さんは新しいお嫁さんをもらって、そのママ母と父親とケンジ君はあの家で暮らしていたのでした。
 小学生の5,6年の頃の子供にとって母親の存在は大きいものです。父親は仕事に出ていて、勉強のことやら、学校のことやら、メンタル面で頼りになるのは母親の存在です。
 最近は社会の構造が変わってきているので必ずしもそうではなくなってきていますが、当時は父親は仕事で母親が家を守るというのが常識でした。
 そんな社会の中で実の母親と無理やり引き裂かれたケンジ君は淋しかったのでしょう。新しいお母さんに慣れようともせず、実の母親の元へ何度も黙って出かけていたのでした。

 翌朝、ケンジ君が晴れやかな顔で僕に開口一番「昨日お母さんとラーメンを食べにいったんだ」と嬉しそうにいいました。僕は家出の話などせずに、「それはよかったね」といって、いつものように一緒に遊びはじめました。

 
 

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