短編童話(落選)公園の王さま
しんと静まり返った真夜中。
何やら、公園が騒がしいようです。少し覗いてみましょう。
「おれは、列ができるくらい、人気者。つまり、おれがこの公園の王さまに、最も相応しいってわけさ」
「何をおっしゃいますか、ブランコさん。いつも、すみっこでお揺れになって。私ときたら、公園の真ん中。主役はいつも真ん中。つまり、私こそ、王さまに相応しいのです」
どうやら、遊具の中で誰がこの公園の王さまに相応しいのか、決めているようです。
「スベリ台さんに、一票だね」
ギッコンバッコン、さび付いた声で、シーソーが言います。
「いやいや、ブランコさんです」
ずっしりと地に足をつけて、ゆっくりへいたんな声で、ウンテイが異議を唱えました。
どうやら王さまの候補は、ブランコとスベリ台のどちらか、かまで絞られているようです。
「ブランコさんは、いつも長蛇の列じゃありませんか。そう思いませんか、鉄棒さん」
「どう思う弟よ。俺は、ブランコさんだ」
背の高い鉄棒が、背筋をピンと伸ばしながら、若々しい声で言いました。
背の低い鉄棒は、やんちゃな甲高い声で言い返します。
「何を言うんだい、兄ちゃん。ブランコさんは回転率が遅いだけ。それに比べて、スベリ台さんは、回転の速いこと。次から次へと、子どもたちが、満面の笑みで遊んでいるよ」
「そうよね。ブランコさんは、一人で独占する子がいたりするから、喧嘩がよく起きるもの。見ていてヒヤヒヤしちゃうわ」
品よくジャングルジムが、かたんします。
両者、ムムムと見合って、目を離しません。
その様子を取り残された、バケツがジッと見ていました。
バケツは、小声で言いました。
「公園の王さまだって。あぁ、バカらしい。子どもたちにとっては、遊具はみんな一緒さ。ぼくにはそんなことより、どうしたら置いて行かれないですむか、考えることの方が、ずっと大事なことなのさ。忘れられない存在でいるだけ、ありがたいと思わなくては」
バケツは口に入った砂を、ブッと吹き出しました。その砂は、ちょうど吹いてきた風にのり、スベリ台の降り口に舞い降りました。
スベリ台は、王さまのことが気になっているうえに、清掃員さんがキレイに掃除してくれた体が汚れたので、黄色の体を真っ赤にして、きつい口調で言いました。
「だれです。私にこんな汚い砂をかけたのは」
バケツは気づかれないように、そっぽを向きましたが、ウサギの形をしたスイングが、告げ口をしました。
「わたしみぃちゃった。そこの汚いバケツさんが、砂を吹き出すところをね」
静かに揺れて、得意げです。
「こんなことして、許されると、お思いですか。……まぁ、取り残されたバケツさんなんかに、私たち立派な遊具の、すごさや偉大さは、分からないと思うので、特別に、許してあげましょう。と・く・べ・つ・にですよ」
スベリ台は、まるで自分がほこり高きモノのように、バケツの小さな体を、上から下まで、じっとりと見て言いました。
他の遊具たちもバケツを見て、笑ったり冷ややかな目を向けたり、しました。
バケツは、身体を静かに震わせました。可哀相なバケツ。この公園には、だれも、バケツの味方はいないのです。
ちっぽけなバケツに、くれる時間はないとばかりに、すぐ遊具たちの興味は、スベリ台とブランコに向い直りました。
「フンッ。とんだ邪魔が入ったな。まぁ、そんなことより、スベリ台さん、おれとお前さん、明日、より多くの子どもが、使った方が王さまってことでどうだ?」
「いいですね。その勝負受けて立ちます。いいですか、どっちが勝っても、恨みっこなしですからね。まぁ、私の方が圧倒的に、子供たちの注目の的になることは、目に見えていますけど」
スベリ台は、鼻でフフンと笑いました。
ブランコも負けまいと、体を揺らしました。
まさか、遊具たちが勝負をしているなんて、子どもたちは、だれも考えもしていないでしょう。
翌朝、ピンクの帽子を被った子どもたちが、先生に誘導され、公園にやってきました。
「みなさん、気を付けて遊ぶのよ。お友だちとは仲良くね」
「はーい」
子どもたちは元気よく走りだし、散り散りになりました。
遊具たちは、ブランコとスベリ台、どちらに集まるのか、ドキドキしながら、子どもたちを見守っています。
一人の男の子が、砂場をじっと見つめています。その視線の先には、あのバケツがありました。
男の子は近づくと、バケツを頭に被りこう言いました。
「ぼくは、王さまだ。これは王冠だぞ。ほら見てみて、この青いバケツの真ん中に、王冠のシールが貼ってあるんだよ」
男の子の公園中に響き渡る声に、他の子どもたちは、遊んでいる手を止め、そちらを向きました。
すると、いっせいに走り出して、男の子を取り囲み、やいのやいのと、バケツの取り合いをしようとしました。
被ったバケツで、少し前が見えにくくなったまま、男の子は穏やかに言いました。
「そんな乱暴にしなくても、貸してあげる。王さまのぼくが、次の王さまを決めよう」
男の子はふんぞり返って、わざとらしく咳ばらいをすると、直ぐ近くにいた男の子の頭に、バケツを乗せました。
「次の王さまは君だ」
「わぁい。ぼくが王さまだ!ありがとう!じゃぁ次は……」
気が付くと、独りぼっちだったバケツの前には、子どもたちみんなが、バケツを被るために、お行儀よくならんでいました。
子どもたちは、みんな知っていたのです。
王さまになるためには、みんなに優しくて、ガマン強くなくてはいけないことを。
前の子にならってバケツを被り、腕組みをして、頭を後ろにそらしました。
満足すると、次にならでいる子の頭に、バケツをそっと載せます。
バケツを被った子たちは、みんな笑顔になっていきます。
「ありがとう」
「どういたしまして」
と、いうステキな言葉が、公園にあふれました。
公園の王さまは、ブランコでもスベリ台でもありません。
他でもありません。
子どもたちなのです。
それどころか、遊具たちは、冷ややかに見ていたバケツのように、王冠にさえなれません。
スベリ台の、すっと伸びて銀色に輝いた鼻は、縮こまっているようです。
ブランコの、ユラユラ揺れていた体は、まるで鉄棒のようにピッと固まってしまっています。
小刻みに身体を揺らしていたバケツは、王さまを特等席で見ながら、大きく動いているように見えます。
それは王冠になれたから、じゃありません。
子どもたちが、ありのままの自分と、仲良くしてくれたことが、とっても嬉しかったのです。