【没落 1】無職の不器用なおじさんの作り方、を記そうと思う
物語の始まり
僕は無職になった
僕は、今無職である
ふと鏡を見れば、顔が少しこけている。
体重計に久しぶりに乗ってみると、10キロも痩せていた。キャベツダイエットやお菓子をやめたり、何をしても痩せなかったのに、こうも簡単に痩せれるのかと、驚いた。
テレビやYouTubeで職を失い途方に暮れる人を他人事のように見てきたが、今は自分が路頭に迷っている。
残ったのは、住宅ローンなど8,000万近い個人の借金。取材されてもいいほどに危険水域に達している。
お坊ちゃま育ちをしてきた僕は向上心もハングリー精神もあまりない。頭もよくなければ、手に職もない。お坊ちゃんなどは、没落してしまえばただの不器用なおじさんなのだ。
自分を見つめ直す
どうすればいいのかわからない。
これから没落したまま生きていくのか。這い上がることができるのか。
まずは自分を振り返り、これからどうするのか、就活をする学生と同様に自己分析をしていかなくてはならない。
このnoteはそのためのものだ。
自分自身、どうしてこうなったのかはわからない。
自分なりに色々なことをやってきたつもりだ。
でも現在はお金もコネもない不器用なおじさんでしかない。
どのように僕が没落していったのか。そして、不器用なおじさんはどのようにして出来上がったかのか、時を振り返りながら考えていきたいと思う。
家庭と幼少期
祖父の創業
僕の祖父は太平洋戦争から復員後、ある地方で建設設備を請負う会社を創業した。
当然、苦労はしたらしいのだが、人付き合いが上手な祖父は、戦後の経済復興の波にどうにか乗って順調に会社を大きくしていった。
当初家族と親戚で賄っていたが、仕事が増えるにつれて社員も増えていった。特に1980年代のバブルで急成長を遂げて、地元ではある程度名の通った企業となった。
僕はそのバブル到来と共に産声をあげ、会社と家庭の繁栄の中で育てられてきた。
中流家庭のぬるま湯
いわゆる地方の中流家庭であって、セレブのような生活ではない。でも田舎でも大きめの家に住み、数年で買い替えるセダンの車があって、家電も特に困ることなく買い、生活で不足しているものはなかった。
側からみれば恵まれた生活だったであろう。
欲しいものはある程度、おねだりすれば買ってもらえた。特に大きな悩みもなく成長していった。
悩みがなく、育つことができるのはなんて幸せなことか、他の家庭と比べて自分が劣っていると感じたことがない、ということはどれだけ恵まれているのか、今ならわかる。
友人の言葉
20歳を過ぎて地元の友人に久しぶりに会った際に、小さい頃を振り返って、しみじみと言われた言葉が忘れられない。当時の僕は驚きを隠せなかった。
自分の家はある程度恵まれているとは思っていたけれど、お金持ちとまでは思っていなかった。仲のいい友人にそんな風に見られていたことに、当時はとても驚いたのだ。
〜続く〜
※自分なりのペースでゆっくりと更新していく予定です。
※随時文章を修正もします。
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