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ぴったりが溶けて無くなった

アルバイト先の休憩室がとても狭いので、休憩時間は駅近くの広場で過ごすことが多い。本を区切りがいい所まで読み終え、本を閉じ、周りを見渡した。

駅に近いため、平日にも関わらず人が多い。行きかう人を見ているとコートを着ている人が多い事に気づいた。コートを久しくみると、見ているこっちも寒くなる。

-ウーバーイーツの配達員は、軽装の人が多いな。寒くないのか。お年寄りはジャケットと羽織っている人が多いな。

あれやこれやと考えながら見ていた時、ジーンズを履いている人を見つけた。-ジーンズか懐かしいな

私がエッセイを書いている時の服装は、紺色のバルーンパンツ、少し大きめな長袖のTシャツである。今ではゆるいファッションが好きだが、少し前までは体にぴったりと合う隙間の少ない服装が好きだった。

ぴったりした服装が好きになったのは、強い思い込みがあったからだ。仕事ができる人は、体格にあったスーツを買い、てきぱきと仕事をこなし、成績を上げていくと想像していた。脚にぴったりなスキニージーンズを選ぶようになったのは、無駄を嫌う考えが服装として現れた結果だろう。

服装がぴっちりし始めた頃、サルエルパンツが流行った。股下がダボっとしたゆるいパンツ。第一印象は、ダサいだった。テレビでサルエルパンツを履いたモデルや俳優を見ていて、やんちゃな人にしか見えなかった。

今では固い生地もぴっちりしたパンツもあまり履かない。社会に出てみて、スーツを着ていても仕事をしない人はいるし、どんなファッションでも仕事が出来る人がいると体験したからだ。

当時はがっかりしたが、一度頭をかち割ってくれたことはいい経験である。

今でも私服で履かないのは短パンくらいだろうか。元々すね毛が濃い事がコンプレックスで今でも履かない。ただ、この考えもいつしかどうでもよくなるだろう。

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