弱点

 毎日が楽しい。

 今の会社に就職してから、そのように感じる事が多い。

 頭を抱えてしまうぐらいの巨大な不満や解決策が見えてこない途方もない悩みもない。

 プライベートでも自分なりに楽しみを見つけ、それに没頭する事が増えてきた。

 このように、最近は良い気分になる事が多かったが、先週の金曜日は久々に少し気分が落ちる出来事があった。

 今までは先輩が抱えているプロジェクトの手伝いをする事が多く、本来の1/10ぐらいの作業量と難易度の仕事内容に取り組んでいた。

 特に悩む事もなく、必要な事は質問して難なく取り組む事ができていた。

 だが、先週の月曜日から少し変わってきた。

 一つのプロジェクトの7/10ぐらいまで任されるようになり、仕事の量と難易度がグッと上がった。

 納期に対しての要求もシビアになってきた。定期的な進捗の報告とその結果に至るまでの整合性。

 少しでも曖昧な言い回しや表現を使うと、とことん追求される。

 僕は必死に取り組んだ。自ずと残業が増えていく。

 はっきりと自覚はしていなかったが、疲労とストレスが徐々に溜まっていったと思う。

 しっかりとした報告をしようという思いから、疑問点を必要以上に自分一人で考えようとする場面が多くなっていた。

 自分で調べた結果、結論が出なかったことも少なくなかった。その結果、指示された期限を超えてしまい、無駄な時間をかけることになってしまった。

「 ◯◯くん、しっかり調べるのは良いことだけど時間への意識も忘れないようにね。調べるにしても効率よくやってかないとダメだよ。
 少し考えて分からなかった時は、それ以上やっても意味が無いからすぐに質問してね。」

 先週の水曜日、先輩からそう注意された。その後も、柔和な口調だったが、仕事が遅れた理由とその対策を細かい所まで追求してくる。

「すいません、次は気を付けます。」

 僕は神妙な面持ちで謝った。軽くではあるが、今の会社に入社して初めて怒られた瞬間だった。

 これは良くないな。緊張の糸が一気に張り詰めた気がした。

 気を引き締めて仕事に取り組んだが、金曜日に僕はまた同じミスを犯した。

 目の前の仕事に集中してしまい、また指定された期限を守る事ができなかった。

「◯◯くん、この前言ったよね?なんで出来てないの?」

 先輩の口調が前よりも強くなっている。元々、この人は柔和な表情と口調で接する事が多い。

 だが、その時の先輩はいつもの様子とは違った。口調は変わっていないが、目が笑っておらず、表情に不快感が滲み出ている。

「すいません、頭がいっぱいになるあまり周りが見えなくなってました。」

 僕は素直に謝罪をした。内心、萎縮していたせいか、声がいつもよりか細かったと思う。

「この前、そうならないための対策を言ったはずだよね?少し考えて分からなかった時はすぐに質問しろって。叱ってるわけじゃないんだけどさ。何で今回は遅れたの?」

 怒ってはいない。口ではそう言っているが僕にはそんな風には見えなかった。


 しばらく先輩の話は続いた。僕は申し訳なさそうに聞き続けるしかなかった。


 その日の帰り道。僕は運転しながら昼間のことを省みていた。

 なぜ周りが見えなくなり、期限に遅れたんだろうか。運転に気を付けながら、僕は考え始めた

 自分は何かを説明することが苦手。今の会社に入ってから、時折そんなことを感じる事があった。

 自分が作った資料や考えを説明する際に、相手に伝わらなくて、会話が円滑に進まない。そんな場面が多かった。

 その経験から、質問や説明をする前に自分で調べて頭の中で内容をまとめてから話す癖をつけるようにしていた。

 その癖が悪い方向に働いてしまったのかもしれない。

 相手に伝わらなかった時の歯痒さや、自分の説明能力の低さを痛感させられる悔しさが、苦々しい記憶として頭のどこかに蓄積されていったのだと思う。

 そしてそれを味わいたくないと思うが故に、周りが見えなくなってしまった。

 無意識に弱点を隠そうとしていたこと。自分の反省点が見えてきた気がした。

 車の窓を開けて、僕はタバコをふかし始めた。心なしかスッキリした気分になっていた。

 萎縮せずにガンガン質問しにいけばいい。

 改善策も見えてきた。僕は憂いなく家に帰って行った。

 

 

 

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