別の道

 いつの間にか10月も中旬に差し掛かっている。

 僕が今の会社に入社したのは去年の11月。

 もうすぐ入社してから1年経ったことになる。

 最初に比べれば仕事をこなせるようになってはきたが、まだ色々と不安な面も多い。

 細かいミスや知識不足な所も目立つが、職場の雰囲気にも慣れてきて、分からなくてもなんとかする方法は覚えてきた。

 休みも前の会社よりも多く、仕事内容にも興味が湧いてくる。

 辞める選択は間違ってなかった。

 ここ最近、それをしみじみ感じることが多い。

 電話越しでの相手のニーズのリサーチ。それと同時に最適な保険を頭の中で選んで提案。上司からは手厚いフォローよりも怒号が飛び交うことが多く、そういった状況下で、リサーチから提案まで自分一人で考えてやり通さなくてはいけない。

 どう考えても僕に向いている仕事ではなかった。つくづくそう思う。

 前の会社、今はどうなっているのかな。

 先日の夜、ふとそんなことが頭によぎった。

 すぐさま僕はインターネットを開き、前の会社名を検索してみた。

 検索結果の一番上に、前の会社ホームページがヒットした。僕はクリックをしてホームページを開いた。

 何度かそのホームページを見たことはあったが、その時とは少し変わっている点がいくつかあった。

 まず支社の数がいくつか増えていた。

 僕が入社した頃から、関東かどこかに新しい支店を作るという話を聞いてはいたが、それとは別に2つほど支社が増えていた。

 設立して間もない会社ではあったが、順調に業績を上げてきているのかな。

 ほんの少しだけ嬉しさが湧いてきたが、それと同時に苦しい思いを抱えて必死で働いている社員の顔が浮かんできた。

 ホームページの右端に社員たちのフォトアルバムも掲載されていた。マウスを動かし、クリックしてみることにした。

 数年前の社員旅行の写真や新しい支社を立ち上げた際の写真などがたくさん掲載されていた。

 その中には、怖い剣幕と口調で詰めてきた当時の上司の写真も載っていた。月間のノルマを達成した打ち上げか何かの写真で、居酒屋で社員の皆と楽しそうに食事をしている。

 目が怖い。

 その上司に対して、僕はそんな恐怖心を抱いていた。

 怒っている時の表情や声が怖かったのは勿論だが、それ以上にその上司のこちらのことなど意に介さないかのような冷徹な目がとても不気味だったことを今でも覚えている。

 心臓を縮むような緊迫感を、少しだけ思い出してしまった。

 もうこれ以上は見なくていいや。

 そう思っていた矢先、ある写真が目に留まった。

 僕が所属していた支社のとある月の打ち上げでの写真だった。

 当時の同期たちが肩を組んで、満足げな表情で写真に写っていた。

 今も頑張っているんだな。

 同期たちの近況を見た僕は、しんみりと懐かしさがこみ上げてきた。

 不器用な性格のAくん、いい加減な性格でそれなりに仕事はこなせばいいやと思っているBくん、真面目にここで仕事を頑張ろうと必死に食らいついているCさん。

 それぞれ思いは違えど、当時よりも自信に満ち溢れた表情になっているように見えた。 

 もし前の会社を続けていたら僕もこんな表情になっていたのかな。

 一瞬、写真の中の同期たちと楽しそうに肩を組んでいる自分を想像してしまった。

 前の会社を辞めてから、何度か呑みに行ったことはあったが、ここ最近はそういう機会は全く無くなった。

 コロナ渦ということもあるが、もはや疎遠になってしまった。

 緊急事態宣言も終わったことだから、久々に呑みにいかない?

 そんな誘い文句が頭に浮かんだが、すぐに消えた。

 もうお互いに別々のフィールドを選んで、前に進んでいる。こっちから関わろうとする理由や意味は無い。

 そう思い、僕はパソコンを閉じて床に就いた。
 

 

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