小さな不満
3か月ほど前から、新しくEさんという人が中途採用で入社してきた。
2つ年上で、関西の有名大学出身で、前職は設備関係の仕事をしていたらしい。
一応、入社した時期で考えると、僕の方が先輩になる。
「Eくんも入ってきたことだし、君も頑張らないとね。」
上司にはそう激励されたが、個人的にはあまり気にせず程々に頑張っていこうと思っている。
そもそも、経験や知識から見ても、僕よりもスペックが高いのは明らかである。
お互いに切磋琢磨しあうべき。そういう意識をもって、仕事に励むのが
一般的には正しいと思う。
僕の場合、誰かと自分を比べて頑張ろうと思った経験があまり無い。
自分より少しでも上の位にいる人間を見ると、ただただ委縮するだけで、自己研鑽しようと思ったことはあまり無い。
委縮したことによって生じた漠然とした不安や恐怖を、自分と同列又は下の位にいる人間と戯れることで、なんとかそれらを誤魔化してきた。
だから、Eさんが入社してからの僕は、何一つ変わらないスタンスで仕事に取り組んでいた。
だが、先週の金曜日、少しだけ僕の中に不安の芽が芽生えた。
現在、Eさんは僕の隣の席で研修を受けている。
僕の時も2ヵ月くらいは、基礎的な知識や仕事で使うソフトの使い方などを学んでいた。
時折、Eさんの研修の内容を横目で見ると、見覚えのある研修資料を開いている。先輩Fさんの説明を聞きながら、Eさんはその内容をノートにメモっていた。
そういえば自分もこんな研修を受けてたな。懐かしさを感じながら、僕は仕事に取り組みながら、しばらくEさんと先輩Fさんの会話を聞いていた。
引き続き、EさんとFさんの会話を聞いていた僕だったが、途中から違和感を覚え始めた。
序盤の方は、僕の研修の時に聞いたことのあるフレーズや見たことのある資料ばかりだったが、徐々に当時の僕が教えてもらっていない知識を、今Eさんは教わっていることに気づいた。
なぜ僕の研修の時にはそれを教えてくれなかったのだろうか。僕の中で少しだけ不満が芽生えてきた。
「社会人っていうのは、誰かが教えてくれるのを待つんじゃなくて自分から教わりにいかないといけないんだよ。」
入社してすぐの頃に、こんなことを総務部の上司にしつこく言われた。
Eさんも、おそらく同じことを言われたのかもしれない。そして、その言葉を遵守したEさんは、積極的に質問した結果、当時の僕が知らなかった知識を今教わっているのかもしれない。
そうだとしたら、Eさんの積極性を素直に称賛して、自分の積極性の無さを反省するしかない。
だが、僕はどうにも腑に落ちない点があった。
当時、僕の研修を担当していた女性のTさんが、研修内容について上司と話していて、その会話が僕の耳に入ってきたことがあった。
それによると、新人の教育マニュアルというものがあって、基本的にそれに準じて、新人の教育を進めているらしい。
後日、Tさんに教育マニュアルの概要を教えてもらったが、さきほどEさんとFさんが話していた内容は、その教育マニュアルのどこにも無い内容だった。
教育方法があまり統一出来ていないのではないか。僕の中で疑念が生まれた。
統一できていないからFさんがEさんに教えている内容と、Tさんが僕に教えた内容が一致しないという事が起こっているのではないか。
僕は、隣の席の会話を聞くのをやめて考え始めた。
自分がもっと積極的に学びに行かなければいけないのか。そもそも新人の教育方法が確立できていないのか。
不満と焦り。僕の中でそれらの感情が交錯し始めた。仕事を進めながらも、僕は頭の片隅でそのことをしばらく考え続けていた。
結局、それらに対して明確な解決策を出すことは出来なかった。
とりあえず今は目の前のことに集中しよう。何の解決にもなっていないが、僕はとりあえず仕事に集中することにした。
この不満はいつか解消しないとな。
僕はそう決心した。
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