嫉妬

 ある日、近所の本屋をうろついていると見覚えのあるタイトルが目に留まった。

「〇〇くんは多分、BEASTERSとか好きじゃない?」

 以前、好きなアニメの話をしていると、職場の先輩が勧めてきたアニメだった。

 ネットフリックスでアニメを配信しているとは聞いていたが、漫画が原作だったことはその時初めて知った。


 マンガは昔からそれなりには好きで、たくさん読んでいるわけではないが、高校生までは好きな漫画を買い集めることも少なくなかった。


 大学に進学して以降はマンガを読むことはあったが、単行本を集めるほどハマることは少なくなっていった。


 そして、社会人になって仕事に追われるようになると、より一層その機会は減っていった。

 先輩の勧めに従い、3巻ほど購入することに決めた。

 そして、その日の夜にさっそく僕は読んでみた。

 読んでみた結果、僕は3巻しか買わなかったことを後悔した。動物が人間のように暮らす世界での肉食獣や草食獣の葛藤や迷い。それらが複雑に絡み合うストーリー。そして、独特且つ写実的な描写。

 僕はすぐにこの漫画に夢中になった。

 一週間後、僕は再び本屋へと足を運び、全巻購入した。

 全て読み終えた僕は満足感と高揚感に包まれた。

 とても面白い。単純にストーリーが面白いだけでなく、何度も読み返してみたくなるような登場人物の混沌とした感情の揺れ動きと展開の目白押しだった。

 きっと何回読んでも新しい発見があり面白いんだろう。マンガを読んでこういう気持ちになったのは、ほぼ初めてだった。

 少し疲れた僕は、窓を開けてタバコに火をつけた。

 このマンガの独特な描写は、どこから生まれてくるのだろうか。煙草を吸いながら、僕はそんなことを考え始めた。

 この漫画は肉食獣と草食獣が同じ世界で共存して暮らすという独特な世界観である。そのため、登場人物たちが考えていることは、理屈として理解は出来るが、普通の人間である僕には体験したことがない感覚のものが多かった。

 例えば、とある肉食獣が誰かを好きになる恋愛感情と誰かを食べたいという捕食の衝動が入り混じるシーン。

 僕にはこの肉食獣が恋愛に悩む気持ちは共感できたのだが、捕食の衝動に関してはどう頑張っても、理屈としてしか理解することしか出来なかった。

 ストーリーの展開を理解していく上では、その感情を理解できなくても支障は無かった。

 だが、僕には作者がどうやってこういったシーンを思いついたのかが気になって仕方が無かった。

 この作者は、どちらかと言うと突飛で独創的な発想が優れているタイプに違いない。考えた末、僕はそう思った。

 もちろん、現実的で人間味溢れる描写も多い。だが、その前提には独創的且つオリジナリティ溢れる設定や概念が存在していた。

 僕には、こういった独創的な発想やアイデアはあまり無い。どちらかと言うと、自分の身近にある感覚や経験しか拾えないタイプである。

 僕の胸中は鬱々とし始めた。

 こういった自分には無い素質を持った人を見ると、妬みの感情が沸々と湧いてくる。

 だからと言って、それをバネにして頑張れるほどの気概も持ち合わせてはいない。

 道を急いで走っている僕が、この作者と十字路で衝突して、お互いに精神が入れ替わったりでもすればいいのに。

 そんな絵空事を頭に浮かばせながら、その日は床に就いた。

 

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