成り行き


 子供を授かった時は、どういう気持ちなんだろうか。

 これまで何度か、こんな疑問が頭によぎったことがあった。

 喜びや感動といった感情が多くを占めるんじゃないだろうか。

 子供という存在は、いわば自分が歩んできた人生の証を刻むようなものだ。おそらく、子供を授かった時の感情の多くを占めるのはそれだと僕は思う。

 もし、自分が子供を授かったとしたらどういう感情を抱くのだろう?

 喜びや感動よりも、親になるという責任感やプレッシャーの方が上回る。頭の中で想像してみただけだが、きっと僕はそういう気持ちになるに違いない。

 一つの命を授かり、それを育むという責任感もあるが、それ以上に子供を育てることで発生する金銭面での重圧の方が頭に浮かんだ。

 教育費や医療費、食費など。具体的な金額は想像つかないが、莫大な金額になることは容易に想像できる。

 僕には到底出来ることではない。結婚すらしていないが、いつの日からかそう結論付けていた。


 ある日の夕方。一日中、パソコンの画面と睨めっこをしていた僕は少し休憩をしていた。

 ちらりと隣の席を見ると、先輩のMさんもスマホをいじりながら休憩していた。

 そういえば、この人はもうすぐ子供が産まれるんだっけな。少し前にメールでそんな連絡が来ていた事を思い出した。

「Mさん、お子さんの名前はもう決めてるんですか?」

 僕は話しかけてみた。

「予定日が来月だからね。もう決めてるよ。」

 スマホから目を離し、Mさんは答えた。いつもより、満ち足りた表情に見える。

 かねてから抱いていた疑問を尋ねてみる事にした。

「子供が産まれる時って、どんな気持ちなんですか?楽しみな気持ちが上回ってるのか、それとも親になるんだっていう責任感やプレッシャーの方が強い感じですか?」

 腕を組み、Mさんは少し考えた。そして、こう答えた。

「どっちでもないかな。特に変化はないよ。」

 思わぬ答えに僕は思わず驚いた。Mさんは話を続ける。

「もちろん、子供が産まれるってのは理解はしているし、子育ての本とかも読んでいるんだけどね。なんかこう、子供が産まれることを頭で理解しているだけで、感覚として実感できてないって感じなんだよね。
 多分、女の人の方が気持ちの変化は早いと思うよ。」

 Mさんの言いたい事がなんとなく分かった気がした。

「なるほど、たしかに女の人はお腹に赤ちゃんがいるわけですからね。気持ちの変化も自ずと早くなるんかもしれないですね。」

「そうそう。一応、来月が予定日なんだけど実感が湧かなくてね。」

 Mさんは頭を掻きながら、苦笑いを浮かべた。


 案外、人生は成り行きで決まっていくのかもしれない。Mさんの話を聞いて僕もそう思った。

 現在、僕は結婚する予定はないし、あまりしたいとも思わない。

 だが、もしかしたら何かの些細なきっかけでその考えも変わることもあるのかもしれない。

 だから、目の前にある今やるべき事を必死で取り組めばいい。

 どうせ成り行きで決まるのだから。

 




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