小説版『パンピーノ』 -狼の皮を被った少年と盲目の少年の物語-
人はみな、何かしらの被り物をして生きている。
そして、被り物の中身はなかなか見てもらえないのだ。
けれど、たった1人でも自分の中身まで見てくれる人がいるのなら、
それはきっと「幸せに生きている」ということなのだろう。
パンピーノ
レオン(14歳・男性)
小さな頃に両親から山に捨てられて衰弱死してしまう寸前のところで狼に拾われた少年。
育ての親狼が猟師に撃ち殺されてからは、その親狼の皮を被りながら生活をしている。
グルー(14歳・男性)
生まれつき盲目の少年。
貧しい家庭に生まれた彼は、盲目を理由に両親から虐待される。
街の人からも軽蔑され、彼は家に居場所もなく、ただひたすら街を彷徨っていた。
比較的裕福な家庭に生まれたレオン。
家にも物にも色々なものに恵まれた彼の人生は、他の人からみたら順風満帆に見えたことだろう。
だがしかし、極度の人見知りからレオンは誰にも心を開かなかった。
両親が話しかけても応えない。もちろん目も見ない。どこか空を眺めている。
レオンとしては、両親と話したいと思っていた。けれど、言葉がどうしても出ないのだ。気持ちを許すということができなかった。両親を愛しているはずなのに。
そんなレオンの気持ちとは裏腹に、両親はとうとう愛想をつかしてしまった。
とある日、レオンを育てていくことに限界を感じた両親は、遠い田舎の山まで彼を連れていって、その山へと捨ててしまう。
山で目を覚ましたレオンは、両親に捨てられたことを即時に理解し、なかば人生を諦めた様子で山での生活をはじめる。
山の環境は、レオンにはとても厳しく、次第に元気がなくなり衰弱死する寸前に。
そんな時、ある一匹の狼が通りかかった。
レオンは狼に食べられることを覚悟したが、その狼はレオンのそばに寄ってきて、体を温めてくれたのだ。
それから、人には心を開かなかったレオンの生活はいっぺんする。
その狼を家族だと思い、一緒に生活していく日々。レオンはそれを「幸せ」だと確かに感じていた。狼には心を開くことができたのだ。
けれど、そんな幸せの日々は長くは続かない。
山の食料が尽き始め、彼らは食料を求めて山を下り始める。その時、突然大きな発砲音がしたと思った次の瞬間。
レオンが一番大切だと思っていた親狼が血まみれになり動かなくなっていた。
「さぁ、こっちへ来い!もう安全だぞ!」
そう呼びかける男性を睨みつけ、レオンは親狼を引き摺りながら走る。もう彼には何もなくなった。生きる意味なんて感じられなくなっていた。
数年後-
育ての親狼を失ったレオンは、その悲しみや寂しさから自分を守るため育ての狼の皮を剥ぎ、自らその皮を被ることで心の平穏を保っていた。皮を被っていれば、愛情を感じられる。ぬくもりを思い出せる。レオンはそう考えていた。
けれど、レオンの姿は事情を知らない赤の他人からしたら異形でしかない。
狼の皮を被り生きるレオンを、山でたまたま遭遇した人たちはこう呼ぶ。
「化け物」だと。
そんなある日、親狼の皮を被りながら、ただ一人、山を彷徨っていたレオンは”とあるもの”を発見する。
レオンが発見したのは、見たこともない小さな箱のようなもの。それはスマホであった。もちろん、レオンはスマホという存在など知らない。
レオンは、その小さな箱を警戒しながら、そっと触ってみる。すると箱が明るくなり、何かが画面に映し出された。
レオンが発見したスマホの画面に映し出されたのは、同い年くらいの人の子達が楽しそうに笑い合っている映像だった。
レオンは衝撃を受ける。
親狼の皮を被りながら孤独に生きてきたレオンにとって、同い年くらいの子達がこんなにも笑い合って楽しそうにしている姿は眩しすぎるものだった。
しかしスマホの持ち主は、仲間にあらぬ噂を立てられ、それを苦に自殺。それがゆえに山にスマホが落ちていた。画面に映し出されていたのは、自殺してしまった彼が生前の楽しい思い出を最後に見るための映像であったのだ。
親狼を失って以来、一人で生きていけると思ったレオンは、急に心の奥に閉まっていた感情を思い出す。
「寂しい」
「寂しい」
「寂しい」
気がついたら、彼の足は動いていた。
ずっと前から遠くに見えていた明かりがたくさんある向こうの場所へ。
ー
なんとか山の麓の町までたどり着いたレオンは、勇気を出して近くにいた少年に話かけた。けれど、その少年は青ざめた顔をして、走って逃げてしまう。
彼は追いかける。
「寂しい」
「寂しい」
「寂しい」
レオンはただの14歳の少年だ。人と違う点は狼に育てられたこと。そして、その親狼の皮を被って生きていること。
中身はなんら人間と変わらない。血も通っているし、感情もあるし、心も体も生きている。けれど、それは見た目で否定される。
レオンは泣きながら山へと逃げ帰り、こう思った。
「ただ、普通に生きたいだけなのに」
「そして、もう少し望んでも良いのなら、あの画面越しの子達のように生きたい」
レオンは辛い目に合うことを分かっていながら、山の麓の町にちょくちょく行くようになった。どうしても寂しかったのだ。誰かと話し、触れ合いたかった。
山の麓の町にちょくちょく行く日々がしばらく続いたのち、彼に生まれて初めての友達ができる。
彼の名前は「グルー」盲目の少年だ。
グルーは、盲目のせいで周りの人たちから蔑まれ、両親から虐待を受け、ただ一人孤独で生きていた。
レオンとグルーが友達になるのは、必然だったのかもしれない。
レオンは狼に育てられ、かつ一人でいることが長かったので、うまく話すことはできない。ずっと持ち歩いていたスマホに残っていた映像から学んで、雰囲気で話をしていた。
拙い言葉を話すレオンを、グルーは蔑ろにしなかった。特に理由などはないが、グルーはレオンのことを温かい人間だと思ったからだ。必死に話しかけてくれるレオンをグルーは心から信じることができた。
レオンも同じく、グルーが盲目であることを何も気にしなかった。グルーはいつも自分の話を聞いてくれるし、心が温かくなる言葉を投げかけてくれる。ずっと側にいたいと思った。それは、グルーはどこか危なっかしく、1人にしておけないのも理由だ。
そういった意味では、だんだんとお互いは愛おしい存在になっていたのかもしれない。
長く長く「孤独」という感情を持ち合わせていた彼らは、お互いに手を取り合って大人へとなっていく。
気がつけば「寂しい」と思うことはなくなっていた。
相変わらずレオンにもグルーにも向けられる目は冷たかったが、彼らの心は誰よりも温かかった。
お互いの理解者という存在がいる彼らには世界など敵ではなかったのだ。
これからも彼らの人生は続いていく。
どんな困難が立ち塞がろうと、二人でそれを乗り越える。
人はみな、何かしらの被り物をして生きている。
そして、被り物の中身はなかなか見てもらえないのだ。
けれど、たった1人でも自分の中身まで見てくれる人がいるのなら、
それはきっと「幸せに生きている」ということなのだろう。
-fin-
【MV】パンピーノ / Bot0-ん feat.flower
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