小説版『BEiNG PRESENT』 -○○しか存在を認識できない世界-
今まで存在していた「自分」は、気がつけばただの景色の一部と化していたー
▼新曲『BEiNG PRESENT』本日0:00公開
「おはよう、僕のこと見えてる?」
毎朝、繰り返すこのセリフ。
これは僕が決めた習慣であり、そして1番苦しくなる瞬間でもある。
僕は世界から祝福された存在で、誰からも愛されていて、街を歩けば近所の「誰か」が話しかけてくれて、常に存在意義を感じる。
ずっと、そんな世界が続くと思っていた。
中学を卒業して、高校生となった今ー
僕は世界から「自分」という存在が認識されなくなり、ただの景色の一部と化した。
BEiNG PRESENT
「おかえり、学校はどうだった?」
家に帰れば笑顔で迎えてくれる両親。ここには、確かに「自分」という存在があるけれど、一歩外に出れば存在は消える。
学校はどうだったかなんて聞かれても、家から一歩出れば「自分」という存在がなくなるからどうもこうもない。楽しいもない、嬉しいもない、ただあるのは悲しさと寂しさだけ。
「なにかおかしい」
そう気がついたのは、入学式を終えた後の新しいクラスで行ったホームルームの時だった。
「では、まず自己紹介をしましょう!」
「私に名前を呼ばれたら、起立して自己紹介をしてくださいね!」
おそらく新米だと思われるアグレッシブ具合がこれでもかというくらい溢れる担任の先生がそう言い、同級生の名前を一人一人呼んでいく。
一人目は、誰もが美人だと思うであろう見た目をしている今井由里香。
二人目は、学年トップの成績で合格し、新入生代表で挨拶をした桑田誠司。
三人目は、親がバリバリ活躍している有名人である佐野大介。
「じゃあ、みんなこれから楽しい学校生活を送ろうね!」
先生に呼ばれたのは、その3人だけ。
僕は最後に名前を呼ばれると思っていたので、先生が僕に一切触れずに教室から出て行った姿を見て、ただただ絵に描いたような呆然とした顔をすることしかできなかった。
「さすがに...ないよね」
まさか初日から先生という立場の人間が「無視」という行為をしてくるとは考えにくい。それとも、名簿に何かのミスで僕の名前が書かれていなかったのだろうか。でも、僕は確かにここに存在している。
色々な仮説が僕の頭の中で立てられては否定された。
先生の挙動はとても自然だったのだ。
まるで、このクラスには3人しかいないような立ち振る舞い。漫画やドラマのような展開で語るなら「僕のことがまったく見えていない」ようだったのだ。
今なら先生を追いかけて「僕のこと忘れないでくださいよ〜!」なんて茶化してツッコむこともできる。けれど、なぜかそれをしなかった。正しく言えば出来なかった。先生の立ち振る舞いがあまりにも自然すぎて、何かの現実に触れてしまうようで怖かったのだ。
*
「今日のあれはなんだったんだろ...」
学校からの帰り道、いくら考えてもその答えは出てこない。新しい環境、新しい出会い、新しい生活。色々なことに期待と妄想が膨らんでいた僕にとって、今日の出来事は不安でしかなかった。
「明日からどうなるんだろ...」
何かの間違いであって欲しい。そう切に願って、明日を迎えることにした。
*
教室のドアの前に立ち、普段しないような深呼吸を何回か繰り返す。ようやく覚悟を決めて教室の中に入ると、昨日先生に名前を呼ばれていた3人が楽しそうに会話をしていた。
「おはよう!」
自分が人見知りであることを自覚はしていたが、最初の機会を逃すと取り返しのつかないことになる。そう中学時代に学んでいたからこそ、なるべく明るい感じを装って話しかけた。
けれど、その3人は誰も返事をしなかった。むしろ僕の方を見ることさえもしなかった。完璧なる無視。THE 無視。話しかけ方を何かミスったかなと不安になりつつも、もしかしたら気がついてないだけかもしれないなどという一種の現実逃避にも近いことを考えながら、思い切って再度話しかける。
「これからよろしくね!なんの話してたの?」
内心そんな風に話しかけられたらウザいだろうなと思いつつ、他に上手い話しかけ方が分からなかったので仕方なくそうした。決死の試みであったものの、結果はさっきと変わらず3人は返事をすることもなければ、僕の方を見ることもなかった。
(...せっかく4人しかいないんだから仲良くしようよ...)
無視されているとすれば、これ以上話しかけるのは逆効果だと思い、楽しそうに話す3人を横目に自分の席に座ってじっとすることにした。
(...初っ端からこれはマズい...)
楽しそうに話す同級生を横目に、ぼんやりと黒板を眺めながら僕は頭をフル回転させた。ただでさえ4人しかいないこのクラスの小さな小さな輪の中に入れないことは僕にとって「死」を意味している。なんとかしなければならない。どうにかして彼らの気を引いて輪に入らなければならない。
正直なところ、この状況はすでに詰んでるとも言えるのだが、僕はそれに抗うことにした。やれることはすべてやる。なんとかして輪に入る。僕の存在を認めてもらう。まずは、やれそうなことをリスト化して、片っ端から実行に移すことにした、
1回目の作戦
「面白い人を演じる」
面白い人というのはいつでもどこでも重宝される。笑わせてくれる存在というのはひとつの確立された安定ポジションだと僕は思った。笑いのセンスがあるわけではない。スベるかもしれない。けれど、どうせ無視されているなら1つ笑いを取りに行ってもいいと思ったのだ。
僕はひたすらお笑い番組を見て、笑いとは何かを掴み取ろうとした。そして、とあるピン芸人のネタを見ているときにピーンときた。(決してこれはダジャレではない)
「いま流行ってるこの人のネタをやってみよう」
流行りのネタは取っ掛かりとしては最適だ。「流行っていること」を共有するという行為は人と人との距離を近づける。僕はそう思った。
「ナイっすですぅ〜!」
事あるごとに明るくそう言う。あのピン芸人の真似をして。そう決めた。正直めちゃくちゃ恥ずかしいけれど、もしかしたら乗っかってくれるかもしれない。そんな淡い期待を持ちながら僕は実行へと移した。
「昨日あげた写真がさ〜、100いいね超えてさ〜」
そんな会話をしている彼らに近づいてちょっと大きめの声で話しかけた。
「ナイっすですぅ〜!」
僕はお決まりのポーズをしながら、反応を待つ。けれど、彼らはまたもや僕の方を見ることもなく何事もなかったように会話を続けた。穴があったら入りたいなんて言ったりするけど、僕は今すぐ教室から飛び出すかロッカーの中に引きこもりたいと思った。
2回目の作戦
「見た目を派手にする」
僕の見た目は派手でもなく地味でもなく、いわゆる「普通」というやつだ。髪も染めたことはないし、制服だってきちんと着る。優等生とまではいかないものの、先生を困らすこともなければ、クラスで浮くこともない本当に「普通」の生徒。
だからこそ、そんな僕の見た目が派手になれば、少しくらいは反応が得られるのではないかと思ったのだ。最悪、彼らから反応が得られなくても担任の先生からは何か言ってもらえるかもしれない。担任の先生から空気として扱われた自分にとっては、注意されることももはや嬉しいことだと思っていた。
僕は人生初の金髪にし、制服を崩して着て、教室へと入った。
「はよーっす」
漫画で見たヤンキーキャラを真似て彼らに話しかける。結果は前と同じ。驚くとかいう以前の問題で、誰も僕の方を見ることさえしなかった。
(...これでもダメか...でも先生なら...)
チャイムが鳴り、先生が教室へとやってくる。さすがにいきなり昨日は黒髪だった生徒が金髪になってヤンキーみたいな格好になっていれば先生も反応するだろう。僕はまたしてもそんな淡い期待を持ちながら反応を待つ。
「はーい!じゃあ今日も元気にがんばろうね〜!」
ホームルームを一通り終えた先生はそう言って教室から出て行った。清々しいくらいの「無視」。自分は本当に生きていて今ここに存在しているのかさえ疑ってしまうような自然な無視だった。もはや無視なのかすら怪しい。そう感じたのは先生は本当に1回もこちらを見ることがなかったからだ。先生とバッチリ目が合うように、これでもかというくらい先生を見ていたのだが、先生の目線がこちらを向くことはなかった。
(...やりたくないけど最後の手を使うか...)
3回目の作戦
「教室の物を壊す」
これは僕にとって最後の手だった。やりたいわけがない。けれど、色々とやってみたものの誰からも反応を得られない。存在を認識されない。景色の一部のまま。この日々が続くのは耐えられなかった。
(...ちょっと教室の窓ガラスを割るくらいだったら大丈夫だよね...)
僕はもう善悪の区別がつかなくなっていた。とにかく自分の存在を周りに知らしめたかった。認めて欲しかった。受け入れて欲しかった。
これから行う自分の行動を想像して手が震える。それが恐怖からくるものなのか興奮からくるものなのかは分からなかった。
僕は意を決して教室の窓へと向かう。手をグーにして窓ガラスを叩いたところできっと割れたりはしないだろうから、近くにあったイスを使って窓ガラスを割ることにした。すーっと息を吸い、イスを持ち上げる。
次の瞬間ー
「きゃぁぁぁぁぁ...!!!」
パリンという綺麗な音と共に、横から悲痛な叫び声がした。
僕は興奮しながら周りを見渡す。近くには誰もいなかったはずだ。だって、窓とは反対の方に僕が反応してもらいたかった彼らはいた。けれど、なぜか横から叫び声がしたのだ。
恐る恐る僕は叫び声がした方へと視線を移す。
そこには見たこともない生徒が手から血を流して泣いていた。
(...えっ、誰...)
僕は心配とか申し訳なさとかそんなものが浮かぶよりも早く、目の前の人物が一体何者なのかという疑問で頭が一杯だった。
「...ちょっと!!大丈夫...??」
後ろから大きな声がしたと思ったら、僕がなんとしてでも反応を得たいと思っていた彼らが目の前の一体何者なのか分からない人物へとかけよって心配そうに声をかけた。
「ねぇ待って...なんで?」
僕は訳が分からなかった。目の前の人物が一体何者なのかも分からなかったし、なんでその人の周りに彼らかがいて声をかけているのかも分からなかった。
「●▼◆さん、大丈夫??」
今度は走ってきたであろう担任の先生が、息を切らしながら聞き覚えのない生徒の名前を呼びながら、目の前の一体何者なのか分からない人物へと声をかけた。
「早く保健室にいきましょ」
彼らも心配そうに目の前の一体何者なのか分からない人物を気遣いながら保健室へと向かった。教室に残されたのは、片手にイスを持ったまま泣いている、不釣り合いな金髪をした僕だけ。
僕もクラスメイトの彼らも先生も最初から気がついていなかったのだが、このクラスの生徒数は31人であった。
-fin.-
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