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小説版『花、枯れる前に』 -人間に恋した“とある花”の物語-

ー また、彼に会いたい

そう思ったのは何度目だろうか。

花、枯れる前に

澄み渡る青い空、色々な声が飛び交う賑やかな校庭。
ここは「学校」という場所。
私はその学校の中にある花壇で生きている。

そう、私は「花」だ。人間ではない。

なぜ自分が“花”だと認識しているのか。
なぜ“考える”ということができるのか。
なぜ“感情”を持っているのか。

その理由はよく分からない。
神様のいたずらという可能性もある。

私は花でありながら、人間が持ち合わせている“感情”というものがある。
喜びも悲しみも感じることができるし、人間となんら変わりはない。

ただ違うのは、私が「花」ということだけ。

他の花がどうなのかは知らない。
人間は会話をすることによって色々な情報を得たり、お互いを知ることができるが、私たち花は会話をすることはできない。

だから、隣に咲いているクリーム色の花が何を考えているのか、そもそも感情を持っているのか、そんなことは私には分からないのだ。

それはそうと、さらに不思議なことがある。
私はどうやら人間の言葉が理解できるみたいなのだ。

こちらから人間に対して何かを伝えることはできないが、人間が話していることは私には伝わっている。

「花に話しかける」という行為は人間の世界では奇妙なことらしく、なかなか人間に話しかけられることはないのだが、そんな中、毎日決まった時間に現れて穏やかな顔で私に話しかけてくれる人間がいる。

彼の名前は知らないが、彼の同胞たちからは「美化委員」と呼ばれているようだ。

美化委員がどんな存在なのかは分からないが、私たち花の世話をしてくれるのでとてもありがたい存在である。

今日も、彼は私に向かって他愛のない話をする。
学校での出来事、将来の夢、花が好きだということ。

最初は、花に毎日話しかけてくるなんて物好きな人間もいるものだと思ったが、彼が話かけてくれるその時間は、いつしか私にとって生きる上での楽しみに。ただ、彼が毎日話しかけてくれるのは嬉しいと思いつつ、ひとつ心配なことがあった。

「花に話しかける」という行為は、彼の同胞たちにとってはやはり奇妙なことであるようで、彼が私に話しかける姿を見ては、その同胞たちは彼にひどい言葉を浴びせていたのだ。

人間の世界のことはよく分からないが、彼がひどい言葉を浴びさせられているときに“悲しい”とも“怒り”とも言えない表情をしているのが、私は切ないと思った。

今日も彼は来る。
変わらず私たちの世話をしながら、色々なことを話してくれる。

そのかけがえのない時間に、私は「花に生まれて良かった」と思った。

昔は人間になりたいと思ったことも実はあるのだが、こうやって彼と関われる日々を過ごしていく内に「花も悪くないな」と思うようになったのだ。

この後、私が花であることに苦しめられるなんてつゆ知らず・・・

季節は巡り、新しい風が吹くようになってから彼は私の元に次第に来なくなった。

全く来なくなったわけではないのだが、確実に来る回数が減っていると私は感じていた。

たまに来る彼の話を聞くと、もうすぐ「受験」というものがあるらしい。

彼はこの学校という場所では3年生という立ち位置にいるらしく、次の世界へと羽ばたくための準備で今は忙しいようだ。

私にとってとても大切であった彼との時間が減ってしまうのは悲しいけれど、次の世界へと羽ばたくために頑張っている彼の姿を想像すると応援したいと思った。

今日も彼は来ることはなく、代わりに違う「美化委員」が来た。
新しい美化委員の人間はいつもイライラした様子で、私たち「花」で憂さ晴らしをする。

昨日は、隣の隣に咲いていた私と同じピンク色の花が無惨な姿になっていた。

「もしかすると、次は私かもしれない」

そう思うと、体が震え上がった。どうやらこれは「恐怖」という感情らしい。

今まで、花である私は「寿命」というものをそこまで考えたことはなく、ただ咲きただ枯れる、そういうものだとどこか他人事のように思っていた。

初めて「自身の死」というものを間近に感じて、なぜか穏やかな顔で私に話しかけてくれていた彼の顔を思い出す。

ー また、彼に会いたい

この感情は一体なんなのだろうか。

今まで彼が会いに来てくれることを楽しみにしていたり、話しかけてくれるのを嬉しいと感じていたのと似ているようでちょっと違う、この感情。

私は、この感情について考えてみたが、結局その答えには辿り着けなかった。

新しい美化委員によって、次々と無惨な姿になっていく花たち。

昨日は、隣の花がその餌食に。
そして、今日はとうとう私にその牙が向けられた。

新しい美化委員は、どこか怒っているようだった。
何に怒っているのかは分からないが、拳を強く握りしめていて、そこにはクシャクシャになった紙が。

「花は気楽でいいよな、ただ咲いているだけでいいんだから」

新しい美化委員がそう呟いた次の瞬間、私は引っ張り上げられ、コンクリートに激しく打ち付けられた。

「もうダメかもしれない」

そう思いながら、また穏やかな顔で私に話しかけてくれていた彼の顔を思い出す。

私に涙なんてものは存在しないのだろうが、なぜか泣きたくなった。

「彼に会いたい」
「また他愛のない話をして欲しい」
「その穏やかな顔を眺めていたい」

いくら願っても、私の想いは届くことはなかった。

新しい美化委員によって、コンクリートに打ち付けられてから数日。
私は自身の終わりをひしひしと感じていた。

いつもは賑やかだった校庭は、まるで雪が降ったあとのように静まりかえっていて、誰も私の元へはやってこない。

「寂しい」

初めての感情を私は抱いた。

けれど、寂しいと思ったところで私にできることは何もなく、ゆっくりと近づいてくる終わりの瞬間を待ちながら、今までの出来事をただただ思い返していた。

花に毎日話しかけてくる不思議な彼。

同胞たちに貶されようと気にせず、穏やかな顔を見せてくれた彼。

いつしかその時間がかけがえのないものになっていた私。

「そうか、私は彼に恋をしていたんだ」

今までずっと分からなかった感情にやっと答えが出た。

これは「恋」というものだったのか。

花の私が人間に恋したところでどうにもできない。

「私が人間だったら、彼に想いを伝えられたのかな」

今まで「花に生まれて良かった」「花も悪くないな」そう思っていたけれど、最後の最後でやっぱり人間になりたかったと思うなんて皮肉なものだ。

私はもう終わる。
誰もいないこの場所で静かに枯れる。

最後に彼にまた会いたかった。

今ならなんの根拠もないけれど、彼に「想い」を伝えられるような気がしたのだ。

コンクリートの上で、飲み込まれるくらい透き通った青い空を眺めながら、

私は枯れた。

(...アラームの音...)

ハッと目を覚まし、見慣れた天井を眺めながら、ゆっくりと時間を確認する。

「もう朝か...」

起きた私の目からは涙が出ていた。
なんだか長い夢を見ていたような気がするけれど、その内容は全く覚えていない。

「なんで泣いてるんだろう...」

よほど悲しい夢を見たのか分からないが、起きてしばらくしても涙は止まることがなかった。

今日から新学期。
私は3年生になった。

今朝の出来事はなんだったのだろうと思いながら、いつもと同じ道を歩き学校へと向かう。

途中で友達と一緒になって、他愛のない話をする。

「今年も一緒のクラスだといいねー!」

あーだこーだ話をしているうちに学校へと着き、新しいクラスを確認し教室へ向かった。

教室に入ると知ってる人と知らない人が半々くらい。

「受験で忙しくなるし、仲の良い友達とは一緒のクラスになれたから、別に新しい友達を作る必要もないか」

そうどこか、私は冷めた感じで俯瞰しなから新しいクラスの人たちを眺めていた。

新しいクラスで初めてホームルーム。
簡単にお互いの自己紹介を終え、次に学級委員などを決めることに。

私はもちろん何もやらないだろう。
委員会ってものを今までやったこともないし、やろうとも思わなかった。

次々に決まっていく各委員の人。
そして次に決めるのは「美化委員」だった。

「美化委員...?」

私はなぜかその単語を聞いた瞬間に、体がビクっと反応した。

今まで美化委員どころか委員なんてものに全く興味がなかったはずなのに「美化委員」と聞いて心がざわついた。

「なに...これ...」

理由は分からない。
「美化委員」という単語を聞くだけで、心が苦しくなり同時に暖かい気持ちにもなった。

この感覚は今朝に感じたものと似ている。

「あれは一体なんだったのだろう」
「そして今、私はどうしちゃったのだろう」

考えても考えても分からないその時、とある生徒が美化委員の候補に手を挙げた。

「えっ...」

美化委員の候補に手を挙げた彼を見ると、まったく知らない生徒だったが、心の底から懐かしく、心地よく、そして苦しく、様々な感情を私は抱いた。

「どういうこと...」

私は自分の感情に整理がつかないまま、気がつけば美化委員の候補に手を挙げていた。

「じゃあ美化委員はこの二人で!」

彼と私が美化委員になることが決定して、そっとお互いに目を合わせる。

その瞬間、私はなぜか泣いていた。

そして、こう思ったのだ。

「花、枯れる前に。次こそは彼に想いを伝えよう」

自分でも不思議だった。
彼のことは今日初めて知ったし、もちろん名前だってさっき自己紹介をしていただろうけど全く覚えていない。

でも、私はそう思ったのだ。

理屈とかそんなものはよく分からないけれど、もう後悔をしてはいけない。

ただただ、その感情が私を突き動かす。

「花、枯れる前に。次こそは彼に想いを伝えよう」

これから私の新しい1年がはじまろうとしていた。

- fin. -

【MV】花、枯れる前に / Bot0-ん feat.flower


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