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【memo】誰も読まなくていい話。S6E5ミドル

●ミドルシニア
 
▼リード
ビジネスパーソンのニューノーマル時代の働き方やキャリアを考えるには、アフターコロナとAI時代にいかに対応するかが重要である。一方で企業が生き残るにはDX推進、すなわちデジタル化が必要であり、デジタル人材の確保が最優先である。デジタル人材の確保は若者だけでは圧倒的に足りない、そこで少子高齢化の日本企業の未来を握るのは、ここにきてミドルシニア世代のリスキリングという考えに至るのである。
 
▼解説
コロナ禍で飲食店が閉店に追い込まれるなど産業構造の変化が起き、雇用へも大きな影響を与えている。しかし、既に日本では日本的経営の崩壊という大変革が起きた頃から、じわじわと雇用環境は変わってきていた。
振り返れば、特にバブル崩壊後、極端な不景気が続き、リストラや成果主義化が進み、2000年頃にはすでにITリテラシーによる社員間のスキル格差が進み始め、一生懸命に仕事を頑張るだけでは、生き残れない時代となった。
特に、近年は企業内に役職ポストが減り、万年係長どころか役職につけない方が多数派の時代である。いやそれどころか、仕事があることが幸福であったりする。もう忘れられつつあるが、2008年リーマンショックでは、「就職氷河期」が始まり、その皺寄せで、非正規雇用の人たちは、契約を打ち切られ(派遣切り)住むところまで失い、なんと炊き出しが行われたのである。
その後、特にいい時代は来ないまま、二年ほど前から、コロナ禍に突入している。
 
今の40代後半以降の世代(シニア・ミドル世代)は、若い頃、偉くはなれなくても、安定した生活と、まー主任や係長ぐらいにはなって、若い連中の先輩として勇退できる日を普通にイメージしていた。しかし現実はどうであろう?
 
▼見出し
一生懸命働くだけのミドルシニア世代に厳しい時代、どうすればいいの?
 
▼本文
⬛️ミドル・シニア世代とは?
世代分けについての考え方は色々あるが、「東京仕事センター」などの分類をみると、若手:34歳以下、ミドル:30〜54歳、シニア:55歳以上と考えるのが一般的なようだ。
しかし、転職サイトでは40代をミドル、50代をシニアと位置づけることが多い、私も感覚的にはそう考えているので、ミドル・シニアとは40〜50代と読み替えて欲しい。
ちなみに1960年代生まれが50代、1970年代生まれが40代にあたる。
 
ターゲットとなるレイヤーがミドル・シニアとくれば、まさに私の世代なので、私自身の自己分析を通じて時代背景を再確認したい。
 
私は昭和世代で、若い頃は高度成長期後の好景気の名残の中から、バブル景気に引き継がれた陽気な時代を生きてきた。
当時は、マイコンがパソコンと言う家電製品に進化し、世の中がコンピュータによって変わる予感がヒシヒシと感じられた、夢多き時代でもある。実際、ゲームをプログラミングして活躍する小学生とかが現れた時代だ。
そう考えると今漸く学校でプログラミング教育が行われ始めているが、それまでに40年もかかっていることは、まさに日本の危機なのかもしれない。
 
80年代前半に私は貯金を全て投入して、パソコンを一式買い込んだ、データ保存をカセットテープでしていた時代である。
まーパソと言ってもやっていることはたいしたことはなくて、ゲームプログラムのBASIC言語のソースリストが載っている本を買ってきて、ひたすら打ち込み動かしてみるだけだ。実際うまく動かなくてデバッグすることで、プログラミングスキルを身につけていた。
 
オタクになりきれていない私にはそれ以上に興味は湧かず、むしろ当時の若者としては、当たり前だがエレキギターを弾いたり、車でドライブする方が好きだった。おそらくパソコンを持っている若者など、100人に1人くらいではなかったかと思う。
なんでそんな話をするのかと言うと、これは特別な事例なのである、今の50代の多くはこの頃にパソコンと言う文明の利器とはほぼ無縁だった、ほとんどの人が何なのかすら知らなかったのである。
 
仕事にパソコンが必須になるのは、まだまだずっと後のことであり、そんなものに自腹で先行投資する人など珍しかった時代なのだ。
生まれた時から、インターネットやスマホのあったデジタルネイティブな近年の若者とは大きな違いである。正直この辺りに世代間がギャップの大きな原因があるのは間違いない。

なおかつ、この頃からやがてくるパソコン時代を予想し、自ら備えることができたかできないかが、その後の運命を大きく分けたと思う。
 
そんな環境的な要因以外にも、いくつか今とは決定的に違う文化的な背景もある、一番はキャリアやスキルと言う言葉が一般的でなかった、まさに「会社に言われたことをひたすら頑張ってこなす」ことがビジネスパーソンの使命であったのだ。
 
仕事は「給料をもらう手段として、言われたことをきっちりやり、休みはしっかり休む」そんな平和な中で育った現在のシニア世代と、就職氷河期でとにかく就職するのが精一杯だったミドル世代、双方とも危機感と言う面での違いはあれど、未来に向かっての自己投資ができていない、そしてキャリアデザインができていないといった面では同じ状況と考えても良さそうである。
 
⬛️ミドル・シニアの意識と課題
大企業の多くで、社員の意識調査等を行うと、ミドル・シニア層のモチベーションの低さ、ネガティブ性が著しく目立っているのがわかる。実際、ネットでもそういった話がよくでている。
 
そして今話題の「働かないおじさん」問題が決して、仕事をしないサボリーマンを指しているのではなく、真面目でコツコツ働く人を指していると言う指摘もこの問題の根の深さを感じるところである。
 
私の経験では、そういった調査結果が出ると、「ミドル・シニア層のモチベーション問題」として課題化される。そして企業の人材開発部門は、モチベーション強化を図ろうと研修を設計するのである。
実際、私もそういった流れを受け継いで、「セルフエスティーム」など、もっとも効果的にモチベーションを上げる方法を探究し、さまざまな研修会社のノウハウを通して、研修的には成功したといえる。実際受講生のモチベーションは著しく上がったのだ。
 
本人たちのアンケート結果も職場に戻った後の上長の評価もほぼ満点だった。
ところが3ヶ月後のフォロー研修で、あるショッキングな反響があって、私はこの施策を止めることになる。
モチベーションが上がった後のゴール(役割)として、職場のムードメーカーをイメージしたのだが、「元気なおじさんの空回り」が続出したのだ。
私は、その方々の悲痛な叫びを直接聞いて、考え方を見直した。モチベーションが低いからモチベーションを上げると言う対策は、もっともやってはいけない「問題解決の禁じ手」であるモグラ叩き、コインの裏表そのものになっていた。
 
モチベーションがなぜ低いのかという本質的な原因が緻密に分析されないまま、走り出した結果である。いやそれどころかターゲットを取り巻く環境や、これまでの歴史や心理状況など把握すべき情報も十分ではなく、なんといってもその解決法の捻出においても必要な知識・ノウハウがなかったのである。
私は熟考した結果、1年間この施策を止めさせてもらった、ゼロベース思考でのやり直しを決意したのである。さまざまなミドルシニアに関する調査に目を通し、そういった世代の人々とコミュニケーションを図り、自らキャリアカウンセリングやコーチングの勉強にも専念し、多くの研修にも参加した。いわば教育や育成の原点に戻り徹底したターゲット分析と業界各社の手法研究を行なったわけである。
 
★これこそは人材育成における最も重要なベースであり、人材開発や育成にマーケティングと心理学が必須と考える所以である。
 
同世代の私自身、ターゲットとなるミドルシニア層と同じ時間を過ごしてきたので、これまでの流れを振り返るのは難しくは無かったのだが、具体的な解決策を検討するのは非常に難しかった。
それなりに評価され役職のある人、スペシャリストとして市場価値を上げた人ならば、あとはセルフコントロールの問題だと割り切ることもできるが、多くのこの世代の人たちは、頑張ってきたのに取り残された喪失感を持っていたのである。
そう、もはや年代的に先が見えてきていることと、未来に対する漠然とした不安から逃れられないことである、実際にアンケート調査によれば70%以上の人が将来に向けて不安な状態であった。
 
⬛️時代の変化を捉えることの意味
今でこそスキルアップは個人の能力の1つであるともいえるのだが、かつてはそれこそ日本的経営の中では、会社が行う訓練や研修が主であったのだ、まさに社員のキャリアアップとスキルアップは企業のミッションだったのである。
 
これも私の調査なのだが、私が人材開発を担当していたI T企業では、あえて会社に研修実施を依頼せずにこっそり自己学習を進めている人が数多くいた、ボーナス全額のレベルで取り組んでいる人も少なくなかった。
これらの自己学習は、自己研修や自己啓発、自主学習などいろんな表現で言われるが、今は流行りのマイクロラーニングを実現するオンライン学習なども豊富になり、eラーニングや通信教育などの古来の学習方式以外にも多彩になると共に、サブスクなど契約形態も多様になり、動画のPFであるYouTubeで無料配信するものまで表れている、そう考えると選択肢の少なかった昔に比べ今は格段に環境が整っているのだ、これはすなわち「やる気」によるリテラシーやスキルの格差はさらに広がる可能性を示唆している。
 
ミドル・シニア世代にとって一番大きな問題は、時代の変化への認識が甘いところと、そのために自己研鑽がされていないことだと思う。
かつては経験こそが重要であり、若い頃には先輩に指導され、やがて先輩となり後輩たちの指導的立場になる日を楽しみにしていたものだったが、IT化は世の中を逆転することになり、その日は訪れなかったのである。
 
やがてスキルと言う新たな武器が定義され、経験だけでなく知識とその理解度、応用力が問われるようになり、経験年数に必ずしも比例しなくなってきた。さらにIT化はビジネスにグローバルレベルの標準化を求めてきた、そして秒進分歩のこれまでにないスピードでビジネスを加速するのである、この時代のダイナミックな変化はミドル・シニア世代にとっては、致命的であったと言える。
 
インターネットが本格的に入ったのは1995年、Windows95あたりからだ、今となっては当たり前のインターネットだが、PCがネットワークで繋がることの可能性は、当時からかなり大きな変革と言われていた。もちろん世の中の多くの人はパソコンすらも使いこなしてはいない時代だ。
 
今でもよく覚えている象徴的な出来事なのだが、印刷系の会社がインターネットの脅威にいち早く気づき、積極的に取り組み始めたことだ。なぜならインターネットで得られる画像のレベルが高く、紙媒体の印刷物は不要になることが容易に想像できたからだ。
すなわちインターネットの底力に未来を見た人たち、まだまだ一部ではあったが、この層と全く存在すらも認識していない多くの人たちの間には、リテラシーという見えない格差社会が出来上がっていったのである。
ちなみにその後思った以上に日本ではIT化が進んでも紙の印刷物はあまり減らず、紙業界も印刷業界も少し余裕があったと思うのだが、今回の新型コロナで進んだリモート勤務の大波は、企業から紙と印刷を締め出してしまったようである。
まさにインターネットの黎明期に恐れていたことが今になって現実化したともいえる。
 
⬛️ダイナミックで高速な社会の変化の中で
これまでビジネスの上での大変革は何度もあったと思う。
改善が常にビジネスの成長を担ってきたからだ、高度成長期に農村から出稼ぎに出ていた労働者が戻らないことで、過疎化が一気に進むなどの社会問題が70年代には明らかになっていたが、その後の80年代の日本人はバブル景気に浮かれていて、そういった問題に真摯に向き合ってはいなかった。
 
これは私の個人的な感覚なのだが、ジャパンアズナンバーワンや第三の波、エクセレントカンパニーなどの夢のあるベストセラーは、無敵の日本企業やジャパンマネーを感じさせ、実際テレビの派手な報道や気軽に海外旅行に行くという感覚は、ビジネスパーソンの努力や自己投資という感覚をかなり鈍らせていたのだと思う。
実際庶民の私ですらハイソカーを買うことぐらいしか考えていなかった。
 
実はこの頃に第二次AIブームがあったし、スペースシャトル計画開始もこの辺りだ、初めての宇宙飛行士募集の記事をよく覚えている。レコードがCDになったり、ホームビデオが一気に普及したり、夜遅くまで仕事はしたが、豊かになり近代化される感覚が目に見えて実感できた。
こんな浮かれた社会で、来たるロストジェネレーションなど想像もできないであろうし、例え不景気が来ても経済は循環すると信じていたので、何も準備はしなかったのである。
 
その頃私は今後「コンピュータの時代」になるということに、大きな期待をしていたのを覚えている、今のAIへの期待みたいな感じだと思う。だからゲームぐらいしか使わない癖にパソコンを毎年40万円以上かけて常に最新化していた、常に触れる必要だけは感じていたのである。
こんな状況が10年以上続いたと思うが、パソコンを買って家で何かしている人の比率は相変わらず低かった。90年代に入って、パソコンよりもワープロが世間に爆発的に広がった時期もあるが、まだまだネットワーク接続など夢の夢である。社内にイントラネットという形でLANが整備され始めたのが98年ぐらいから、全員にパソコンが行き渡るのは、2000年代に入ってからだったと思う。
 
ここまでの歴史が何を示しているかというと、一番インプット力の高い20歳代を、ミドル・シニア世代はほぼITとは無縁に過ごしてしまったということである。
逆にいうと本格的なIT時代になってまだ20年ぐらいしか経っていないことにも気づくのである。
 
■D X時代に向かって必要なOSのバージョンアップ
ここまででミドル・シニアが好景気に浮かれている間に時代が変わってしまった、いわば浦島太郎現象に陥ってしまったというのが実情であることがわかる。
決して能力の高い低いではなく、時代に翻弄された結果とも言えるのである。
 
2010年ぐらいからミドル・シニア層の人材開発に携わってきた私には「とにかく標準化されたルーチンを大量に捌く」という仕事感に縛られているという特徴もさることながら、致命的な問題として「ITや横文字に対する拒否反応」を感じた、それと共に根強い会社に対する不信感も強く感じたのである。
これは多くの他社の人事部からも同じような指摘があった、あらゆる企業で多かれ少なかれ起きていた共通の現象であった。
 
量を捌く仕事感では「仕事をしているということは体を動かすこと」と捉える傾向がある、だから残業も厭わずに真面目にコツコツと働く価値観で、ワークライフバランスともなじまず、辛くても頑張ろうという精神論的価値観は「合理化」方向に向かないので生産性を上げることができないという悪循環を産んでいる。
このほかこの世代の特徴として、私がWEBマーケティングを通じて行なった顧客セグメント分析から得た情報として「好きなことをやり続ける継続力」「収集癖が強くハマりやすい」「自分のことは見えていないが他人の粗探しは得意」という強力な特性がある、これらは活かし方で大きな強みとなると考えられるのである。
 
これらを踏まえこの時期に取り組んだミドル・シニア層活性化施策のコンセプトは、
「社員の多くを占めるミドル・シニア層(40歳以上)、特に非役職者には、以前から停滞感が見られ、能力を発揮しきれていない。このミドル層に対しモチベーション向上と意識改革を行い、定年延長や定年後に向けて、改めて自分の強み弱みを認識し、自信とモチベーションを高め、職場での活躍を支援する。」
というものである。
若手層と違い、あくまでも理想的な社員像を目指すのではなく、必要な価値観や時代の変化に気づかせ、まずOSを無意識かつ自然にコマンドレベルからGUIレベルまでバージョンアップすることが最優先である。
 
※ここで補足するとどの研修においても、研修設計をする際に、最初の課題抽出で用意した「あるべき姿」をゴールに設定するのはあまり好ましくはない、研修が終わった途端にあるべき姿になるわけではないからである。これは資格取得などの研修を除きビジネススキル系の研修では重要なポイントである。だからそこに実践期間を置き振り返りのフォロー研修をやるのだが、それでも多くの場合は足りない、3つあるいは5つのステップを経て漸くあるべき姿に近づくぐらいの設計をしなければ、逆効果になりかねないのである。
 
さて具体的な進めかたであるがは①きちんとキャリアについて考える(仕事ではなくライフプランを立てる)ことで未来志向とチャレンジ精神へのマインド変換。②会社からの期待を伝え、自信を回復しポジティブ思考に。③必要で重要な武器を身につけさせる、活かせる業務アサインを行い、実際に能力アップまで繋げなければいけない。
 
受講生特性から確実な効果を得るために、カリキュラム実施上での注意点がある。
苦手な「仕事寄りの表現」を避けることで確実な理解とやらされ感の払拭をすること。全体に自分と向き合うことが苦手なので、自己理解は他者支援を通して実現すること、過去からの自信回復と未来志向とチャレンジ思考へのマインドセットを重視することである。
 
こうしてOSのバージョンアップに成功して初めてリスキリングとなる。
ここまでの内容だけでも十分にミドル・シニア施策は手がかかるので優先順位を下げたくなるのだが、これは営業戦略と同じで、実は新規顧客である新入社員よりも、既存顧客のミドル・シニアの方が1/5程度のコストで実現可能なはずである。
 
■DX人材へのリスキリング
年齢で衰える絶対的な能力は確かにある、素早い動きや記憶力の低下など、肉体的な変化は否めないものだが、逆にベテランには豊富な経験がある、いや経験も知識もただ歳を重ねるだけでは残念ながら身につかない、鍛えることで有機的に結合しスキルとなる。
DXの時代となって、必要な基礎スキルが変わろうとしている、そうデジタル人材育成である。デジタル化というのは80年代の言葉なので、私などは非常に不自然に感じるのは事実だが、大事なのはデジタル化の次のステップ、ビジネスモデルなどの「変革」である。
 
「市役所等の申請方法が紙からWEBに変わる」ことなどは、単なる置き換えであり、デジタル化ではあるけれど、(80年代ならば変革なのかもしれないが)、本来はDXとして扱うものではなく、2000年までにコストパフォーマンスを見ながら終えていなければならないIT化の積み残しであるのでここでは含まない(こっそりやるレベル)。
わかりやすい例で「自動運転」と比較してみよう、現在の人間が運転する乗り物と比べると、自動運転車は目的地で人をおろしたら、車だけで自宅に帰ることもできるのである。そうすると所有する意味も無くなる、各家庭に車は存在するものでなくなるかもしれない、自動運転は確実に自動車の定義を変えてしまうものなのである。
技術だけでビジネスモデルを変える典型的なイノベーションを伴うデジタル化であろう。
 
 
さてここまでミドル・シニア問題を考えてきたが、ここで重要な問題提起がある、イノベーションを起こすのは若者の特権なのであろうか?ということである。
私は営業活動とイノベーションは経験年数に関わらないものであると考えるのであるが、さらにここに面白い試みがある、若者だけのグループとベテランだけのグループ、若者とベテランの混合のグループの3チームで新規サービス検討を競ったところ、合同チームが一番イノベーティブなアイデアを出せたというものである。
多様性の力とも言えるであろう、そしてベテランの切り口の重要性が発揮される可能性でもある。
 
このDX人材育成の気風の中で、ベテランのリスキリングが言われている、過去の流れを知るベテランが新しい技術を手に入れれば鬼に金棒、そして若手との協業によるイノベーションが実現できれば、本当の意味でのDXの成功につながることが期待されるのである。
実はこの話には、大きな裏がある、DXを実現する技術の進歩によって今のリスキリングはかつてのエンジニアリングのような高度な技術を必要としないのである。
 
⬛️リスキリングを支える技術
ここ数年で高度なプログラミング言語を使用しないノーコード開発、ローコード開発が流行りつつある。言わばプログラミング学習みたいなもので、GUIで操作する誰でも気軽に開発できるツールなのである。
 
また、AI開発においても、これまで開発されたプログラムがライブラリとして、無料で提供されるなど、これまた深い理論的な理解がなくても気軽に扱えるものになってきている。
 
もはや大袈裟なテクニカルスキルがなくても、スマホのアプリのように気軽に、プログラミング、さらにはシステム開発ができるのである。
 
技術革新が世代間の能力的な格差を見事に補っており、ここまで環境が整ってくると、あとはやるかやらないかという選択のみである。
すでにアメリカではAT &Tでは10万人、Microsoftは2500万人規模、日本では日立やソフトバンクなども、同様に大規模なリスキリング計画を明らかにしている。
 
⬛️ミドル・シニアが企業を支える
今回のニューノーマル時代の人材育成では、ミドルシニア層の課題と展望について、考えてみた。
ミドルシニア世代が好むと好まざるに関わらず、時代の変化に飲み込まれ、相対的に余剰人員のように扱われる実態が見られる反面、少子高齢化による労働力不足とDXに関わる技術の進歩は、新たなキャリアを描くのに大きなチャンスであることもわかってきている。
とはいえ、労働市場におけるミドルシニアの活躍の場は、決して多いとは言えない。
 
それは日本企業がジョブ型雇用に向かいつつありながらも、なお人材流動性を加味しない古臭い若者を採用する長期雇用をベースにした人事戦略に基づいており、必要なスキルがあれば年齢や性別に拘らない欧米とは違い、ミドルシニアの可能性を広げる方向には向かっていないという残念な状況が変わらないからである。
 
今、日本の特に大企業におけるミドル・シニア層の占める割合は非常に大きく、実はその活躍が経営成果を左右し、特にDXの成功に影響を与えることができるのが現実である。
これはただベテラン再生と言った目先のコスト主義的な考え方ではなく、若者とベテランといった組み合わせこそが多様性やダイバーシティそのものとなり、あらたなイノベーションを生み出す原動力としなければならないことを意味する。
そのことを企業だけでなく、ミドル・シニア層の人たち自身が理解してこそ、大きな力になることを日本全体で考えていくことが重要であろう。

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