毎日続けるnote
毎日チマチマnote書き続けてついに先日、1年連続投稿を達成した。
歳を取ったせいかあっという間の一年だった気がする。
ちょうど1年前にこのnoteを読んだ時からになるな。
みんなとにかくアウトプットが足りないんだと書いてあった。
書く量が全然足りていない。書きたいと志を持つ人はすでになんらかの専門領域あるいは熱中している分野を持っていることが多く、むしろインプットは十分である。十分なインプット量に見合ったアウトプット量を確保できていないからこそ書けない。
とにもかくにも毎日1000字程度を目安に続けてみることにした。
やってみてよかったことは、書くのが上手くなったことかな。1年前の記事を読むと、今ならもっとこういうふうに書くけどなあと思ったりする。日本語で書くのが上達すると、英語も上達するように思う。
というわけで僭越ながら毎日noteを続けるコツみたいなものを書いてみようと思う。
1. 目的を明確化する
当たり前のことだが、目的がはっきりしてないと続かない。連続投稿メダルが欲しい、承認欲求を満たしたい、文章がうまくなりたい、なんでもいい。
2. 毎日書くと決める
目的を意識できたら次に、毎日書くと決める。こうすることで決断のコストを減らすことができる。
以前は週に1回を目処に書いていたけど、そうするとほぼ毎日、今日は書こうか書くまいかと悩んでいた。こういう無駄な時間やエネルギーの浪費がなくなるのは大きい。毎日書くほうが楽という人が少なくないのはこのためと思われる。
3. 大層なことを書こうとしない
毎日書くと決めたら、次になにを書くか決めないといけない。最初のうちは大層なものを書こうとしないのが大切。一日280字程度でいい。2ツイートぶんくらいが初めはちょうどいいと思う、なんとなく。
そして毎日ちがうことを書かないといけないと思わないこと。似たようなことばかりでもなんの問題もない。
また、たまに2000字くらい書けてもそれを当たり前と思わないこと。当たり前になってしまうと、少ししか書けなかった日にわずかだが挫折感を味わってしまうことになる。
私は、本当はだいたい毎日サッカーとか野球のことを書いていたい。そして、たまに本とか映画の感想、ガジェットや文房具の紹介、英語学習のことを書いている。そんな感じで、自分の中ではいい具合にバランスが取れていると思っている。
できれば数日先まで書くネタをストックしておけるとよいが、これもそんなにこだわらなくてもいい。毎日、アンテナを高くして生活していればなにかしら書くことはあるものだ。
ただしアンテナを高くすることにはデメリットがある。ついうっかりネガティブな琴線に触れてしまって、感情に任せて書いてしまうことがある。そして往々にしてそんな記事のほうが反応がよかったりする。その承認欲求シャワーに負けて、ネガティブな感情に塗れた記事を連発するようになると、あちら側に一直線だ。感度を高くするのもほどほどに。
4. いつまで続けるか
毎日書くと良いこともあるが、どうしても1本あたりのボリュームとか読み応えは落ちてしまう。まあ読み応えなんかよりも、さらりと読めるほうがいいのかもしれないけど。
なので、毎日続けるのが全体としていいことかどうかわからないし、そのうち途切れるとは思う。でもコンスタントに書いていきたいとは思っている。
5. そしてなぜ続けるのか
ただ書くならチラシの裏に書いておけばいい。しかし、わずかでも社会に影響を及ぼしたいという欲があるから、noteという広義のブログに書いているのだろう。
どういう影響を及ぼしたいのか。それはやはり、努力や勉強を続けるといいことあるかもよってことである。努力したら報われるなんて、偉そうなことは言えない。でも、いいことがあるかもしれないよ、くらいは言ってもいいだろう。だから、私はこんなふうに読書や勉強をしてきて、こういう良いことがあったというふうに書いていきたい。
そうすれば誰かが参考にしてくれるかもしれない。
人生は親ガチャだなんて哀しいことが最近はよくいわれる。そうなのかもしれない。でも親ガチャの影響を薄くすることはできる。そういうことが、このふろむだ氏のnoteには書いてある。一読推奨である。
さらにもう一つ私は付け加えたい。あなたの子供に親ガチャは当たりだったと言ってもらえるように努力しよう。親ガチャで当たりを引いた彼や彼女はご先祖様が努力したからそうなってると思うことにしよう。あなたが、私が、そのご先祖様になるんだ。
そんな感じでゆるゆる続けていくので、これからもご愛顧のほどよろしくおねがいします。
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