ブランコ・ミラノヴィッチ『資本主義だけ残った』

久々のみすず書房シリーズだ。

資本主義やグローバリズムの行く末を語ってきたブランコ・ミラノヴィッチの最新作だ。

ミラノヴィッチはエレファントカーブでいちやく有名になったが、エレファントカーブについてはこの記事がわかりやすいと思われた(他力本願)。

原題”Capitalism Alone"に対して『資本主義だけ残った』という邦題はややミスリーディングかもしれない。内容は、(封建制以降は)そもそも資本主義しかなかったのではないかと考えさせられるものだからだ。

本書では資本主義の発展段階を以下のように位置づける。第一次大戦以前のイギリスに代表されるような階層格差一番搾りの古典的資本主義、二度の世界大戦後に西側先進国で確立された社会民主義的資本主義、そして冷戦後アメリカをはじめとするリベラル能力資本主義である。リベラル能力資本主義に対して、冷戦後に中国などでおこなわれているのが政治的資本主義である。

リベラル能力資本主義

リベラル能力資本主義は、才能にたいして開かれた社会を建前とする。機会平等という建前ではあるが、能力による差別は事実上是認されている。いわゆるメリトクラシーである。

資本主義社会であるから、所得の多い階層ほど資本所得の割合が増えていくのであるが、古典的資本主義と異なるのは、彼らは労働所得もそれなりに得ていることである。労働所得における消費性向はおそらくかなり低いであろうから、資産はさらに増えて資本所得も雪だるま式に増えていくわけである。

ミラノヴィッチは、リベラル能力資本主義では同類婚が多いのをはっきり指摘するいけない人である。日本のSocial Mediaでいうところの(女性からみた)上方婚である。さらに親子間の有形無形の資産の継承もあるので(お金のかかる有名私立大学に行かせるなど)、資産格差は拡大する一方である。実際、アメリカは階層間異動が極めて乏しい社会になってしまっている。それでも今のところ、戦前の古典的資本主義の時代よりも資産格差ははるかに小さい。

それに、ジェンダーや人種にかかわらず平等に扱うという約束はそれなりの意味を持つと著者は考えているようだ。もちろん著者はいけない人なので、平等平等言ってたバラク・オバマが二人の娘を金のかかる私立学校に行かせたことに言及するのを忘れないのである。


政治的資本主義

冷戦後に一部の独裁国家が資本主義化したのが政治的資本主義だ。中国、シンガポール、マレーシア、ヴェトナムである。

シンガポール以外のこれらの国は独立するために、そして封建制から抜け出すために共産主義を必要とした。そして現在は資本主義化している。著者は、マルクスが言ったような封建制から共産主義へ進むために資本主義が必要とされたのではなく、その逆に資本主義に進む足台になったのだ。

東欧のそこまで貧しくない国では社会主義あるいは共産主義が導入されたが機能しなかった。豊かな国ではうまくいかないのであって、もし西欧で導入されていたらもっと成績は悪かっただろうと著者は指摘する。

政治的資本主義は民主的なチェック機能が働かないので政治的腐敗が横行する。これは経済的パフォーマンスを出し続けることで民衆を納得させる、目に余る腐敗は叩く(習近平がやったように)、といったことを必要とする。

エリートが自由裁量で運営できるので良い結果を生む可能性があるが、腐敗の余地もまた大きい。腐敗をほどほどのところで許容することも全体最適のために重要ではないかとも思った。清流に不魚住である。また「クリーン」な社会は、剥き出しの競争社会でもある。過ぎたるは及ばざるが如しだ。

こうした汚職で資産をためこむ階級の拡大にはグローバル化も多大なる寄与をしているとの指摘もなるほどと思った。歴史的には中国は閉じた帝国であったので、資産を逃がすことができなかった。今はおこぼれに与ろうとする輩が世界中にいる。

最後に中国は政治的資本主義を輸出したがっているかだが、基本的に無関心であるが、自国のシステムが欧米のシステムより不人気にならないために輸出して他国も富ませるインセンティブが常にあるという。民衆が選択できないという欠点は、結果を出し続けることでしか補えないのである(または失敗を隠す)。


グローバリズムやテクノロジーとの相互作用

グローバリズムは政治的腐敗を助長する。そのほか労働力や資本の移動を容易にする。

移民については、移民先で得られる経済的利得、二級市民としてスタートしないといけない損失とのトレードオフで決まるなどなど。まあそうだよねってことが書いてあった。

しかしグローバリズムによって、人間が移動しなくても、当該地域がグローバルバリエーションに組み込まれればその恩恵はえられる。かつてのように、先進国の発展の後を追っていかなければ高付加価値の製品を作れず、商品作物などの生産を押し付けられるというわけではない。情報と資本さえ導入されれば世界中どこでもスマートフォンは作れるのである。

だから地球規模でみれば不平等は改善されていくだろう。エレファントカーブのことを無視すればね。

また資本主義が津々浦々まで行き渡ることで、あらゆるものが貨幣に換算され、商品化されることでギスギスするかもしれないが、奴隷的労働から開放されるというメリットも大きいことを著者は強調していた。

それから機械化とユニバーサルベーシックインカムについても書いてあるが、左派加速主義者の私にいわせればこいつなんもわかってねえななので割愛。


全体としては非常に面白い本だった。資本主義の進展について過度に悲観的にならずに書いているのが良かった。梶谷懐氏の解説も的確かつ面白かった。



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