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内村剛介『生き急ぐ』

佐藤優氏の本を読んでいたとき内村剛介氏の獄中記のようなものが紹介されていたので、なんとなく手にとってみたのだ。

内村氏はロシア文学に詳しい批評家でトロツキーの翻訳などで知られている。

著者の分身たるイチロウ・タドコロは、終戦時ハルピンで関東軍の事務方をしており、ロシア語に堪能であったためか、たんなるソ連の捕虜としてではなく、政治犯として尋問を受ける。謎の裁判の結果、25年の禁錮刑を言い渡され、シベリアに10年以上も抑留される。

ソ連の取調官との不条理劇のごとき問答は、ロシア文学だなあと思う。またソ連の軍人や役人の独特な言葉の使い方もなんだか笑ってしまった。そういやソローキンの作品でも似たようなことを感じた。

多様な国々からやってきた政治犯たちの人間模様から、ロシア民族の世界史的な意味での立ち位置、ソ連の資本主義世界における意味などといった考察へと飛躍していくのも楽しい。

最終的にはスターリン死亡を契機に釈放され、いまや艦これの聖地として有名な舞鶴港を経由して帰国するのであった。その後の活躍はご案内のとおりである。

シベリア抑留については日本人として知っておかねばならない事項であるが、そうしたことを超えて、極限状況におけるひとり語りを面白く感じた次第である。

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