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『中華帝国の構造と世界経済』メモ

黒田明伸『中華帝国の構造と世界経済』読んだのですごく簡単に備忘録を記しておく。本書は清初期における地方での銅銭不足、乾隆期の大量の銅銭供給により地域間決済通貨としての銀両と、現地通貨としての銅銭との2本立て、つまり銀銭二貨制の成立から、世界経済に組み込まれて袁世凱銀元とそれを兌換通貨とする銀行券に置き換わるまでを詳細に描いたものである。イマヌエル・ウォーラーステインの『近代世界システム』を中国側から視たような内容である。

徴税は州県レベルで行われるが、それは銀に交換して中央政府に納税する仕組みであった。給与は銀および銅銭で支払われるが、銀も結局は銅銭に兌換して使われるため、銅はひたすら下流へと沈殿していく仕組みであった。

計数性能に優れる銅銭は現地で農民などに支払われるが、それはひたすら退蔵されるため現地では慢性的に銅銭が不足する。清朝は基本的に現地経済には介入しないため、この傾向が続くが、乾隆期に地方銭局に自律的に貨幣を供給するようになりようやく銅銭不足は収束するようになる。

銀はメキシコや日本からの大量供給のため世界的に流通しつつあったが、高額の決済には良いが計数性能が低く、小農が分散する当時の中国の現地経済には不向きであった。

19世紀末になると米独の重化学工業の発展により交易条件は原料輸出有利となり、中国の農業も世界経済に組み込まれていくことになる。漢口のような集積地では貨幣需要が増大するが、世界は金本位制に移行するなか、銀は下落傾向であり、銀両も銀元も普及せず、銅元とそれを兌換通貨とする官銭票が使用されるようになる。

しかし官銭票の大量流通は銅価を下落させ、外国商品の値上がりをもたらす。外商はこれを嫌い銀を用いるように主張、上海などの沿海部では墨銀が流通する。中流域では銅元と官銭票が流通していた。第一次大戦により対欧州貿易の途絶により、下流域では墨銀にかわり袁世凱銀元が流通する。

第一次大戦の影響で銀騰貴、銅下落したため漢口などの中流域でも銀を使うインセンティブがたかまりここでも袁世凱銀元と銀行券が普及することになる。ここに至って銅貨圏は消滅した。

とまあ簡単にまとめたが、他にも清朝の財政収支、日清戦争の賠償金、辛亥革命、日本商社の買い付け方、在華紡の原綿調達手段などいろいろなことが書かれており、興味深すぎるとともにまだ良く理解できていない部分も多い。銀の世界的な流通が、各種の債務や徴税を含む請求権に一貫性をもたせたこと、なにかの通貨を発行するたびに受領性を高めるためにその通貨での納税を認めるといったMMTでおなじみの議論、江戸期日本と異なり債務の互換性が中華帝国の域内で閉じていないために地域権力の台頭が抑制されたことなども面白かった。また読み直したい。

辛亥革命期にはその通貨圏(債務の互換性が通用する地域)が相対的に閉じてしまったために軍閥が台頭するに至ったのではないかとも思ったがそこまで踏み込んだ議論にはなっていなかった。

この本はマニアックすぎるので同じ著者の『貨幣システムの世界史』のほうがとっつきやすいし、同じくらい面白いのでこちらから挑戦されるのもいいかもしれない。


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