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野口悠紀雄『1940年体制』読書メモ

よく知られているように明治憲法は責任や権限が曖昧、権力の中心が不在であった。226事件による軍部大臣現役武官制の復活、日中戦争がこれに拍車をかけることとなるが、1940年の第二次近衛内閣成立とともに統制を強め総力戦体制に向かう。この1940年前後に作られ戦後も面々と続いた体制を野口悠紀雄は1940年体制として論じたのが本書である。終戦時に断絶してそこから戦後が始まったのではけっしてないのだ。

この体制を象徴するのが大政翼賛会、大本営政府連絡懇談会(大本営政府連絡会議)、産業別労働組合などである。本書では言及されていないが宗教法人法による仏教宗派の統廃合もこれに含めてよいだろう。論点は主に5つである。さらに戦後にどうつながっていくか、どのように改革すべきかへと議論が展開していく。

1.日本型の企業構造

1938年の国家総動員法以前は、直接金融主体で株主の権限が強かった。労働市場も自由で流動性があった。
しかし配当の制限、政府による賃金の統制、戦後の産業別労働組合の母体となる産業報国会の結成などを通して企業は従業員を中心とする共同体へと変わっていく。1938年国民健康法、1939年職員健康法、1941年労働者年金保険法などにより社会保険制度が充実。労働者の転職防止のためであったが、結果的に福祉も充実することになる。
また増産に対応するための下請け制度も発達した。

2.間接金融

1937年臨時資金調整法による貸し出しの統制、1939年会社利益配当及資金融通令、1940年銀行等資金運用令などにより政府が金融機関に融資などを命令できるようになる。これにより重化学工業の比率が上昇。さらに全国金融統制会、日銀法改正と続く。戦後に続く金融系列が始まる。

3.官僚による統制

営団、金庫など戦後の公社、公庫の前身もこの時期に作られ、戦後にいたるまで官僚による統制の道具となった。また岸信介ら革新官僚が登場、企業は利潤追求よりも国家のための生産性に貢献すべきとされた。
1930年代後半からの産業別の事業法により統制がはじまる。1941年から重要産業団体令により多くの統制会が作られた。より政府の意向が直接反映される営団も多数作られた。この過程で現代まで続く大企業が形成される。

4.直接税税制

税制改革により世界に先駆けて源泉徴収制度が導入された。また法人税も導入され直接税中心の税制となる。税財源は中央に集中され補助金として地方に分配する仕組みが確立した。

5.地主の没落

1939年地代家賃統制令、1941年借地法・借家法は家賃高騰の防止が目的であったが、解約権の制限もあり地主の力を大きく削ぐことになる。
農地改革は、食糧生産の効率化とともに貧農救済という革新官僚の使命感によるものであった。農地調整法、小作料統制令、臨時農地価格統制例、臨時農地等管理令などの立法が続き、臨時米穀配給統制令により二重米価制がはじまる。さらに1942年食糧管理法は地主と小作人の関係を一変させた。これらは戦後の農地改革につながるとともに、地方における保守集票の基盤ともなった。

6.戦後との連続性

戦後のさまざまな改革は戦前との連続性をそこなうことはほぼなかった。公職追放例はほぼ軍部と内務省に限定されており、官僚機構は温存された。戦争により富裕層は壊滅しており、直接金融への転換は不可能であった。財閥は解体されたものの、集中排除法は金融機関には適用されなかっため産業構造もほとんどそのままであった。

終身雇用、年功序列、企業別労働組合を特徴とする日本型企業は、忠実な従業員により高度成長のエンジンとなった。また間接金融は成長分野に効率的に資金を配分する役割をはたした。大蔵省や戦前に作られた公庫も資金配分に重要な役割をはたした。

高度成長期には政府は衰退産業を保護したり、ソフトランディングをはかることで、成長の果実が全体に行き渡るようにした。特に地方へのインフラ投資は重要であったと思われる。これを支えたのは戦前に確立された直接税中心の税体系であった。また戦時統制により貯蓄率が高くなっていたことも重要である。

以上が本書の概要である。1980年代以降はこうした規制が緩和され、生産者重視から消費者重視へ、共生から競争へ、間接金融から直接金融へとかじを切っていくことになる。反グローバリズム、反ネオリベの立場からはこれらは大きく間違っていたということになるが、筆者の立場では改革は不十分ということになるだろう。たしかに借地人の権利が強すぎるために土地の有効利用が進まないことだけは同意できなくもないが。リーマンショック後にでた増補版には最終章でこのことがより突っ込んで論じられている。

労働者の福祉という点では1940年体制は良いものであったといえよう。しかしそれは供給不足を統制という形で解消しようとする仕組みであり、供給が足りてしまっている現代では受容されにくいだろうなあと思うのであった。私は野口氏が好きではないが、本書は読んでよかった。

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