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赤らんたんに灯を入れて 第一夜 後編

恵美ノートには様々な事が書かれていた。
裕美の身支度や幼稚園から大学まで
年齢順にやるべき事だったり、それこそ
本間家の味噌汁の作り方まで書いてある。

あれからもうすぐ1年が経とうと言う頃、
会社の女性社員から不思議なキャンプ場の
話を聞いた。
逢いたい人に逢えるのだという。
裕一は検索をして半信半疑であったが、
予約を入れた。

「ゆーたん、今日は遅くなると思うから
今のうち少しだけ寝るか?」
「ううん、おきてる」
しばらくするとコックリと舟を漕ぎ始めた。

あれから何度となく腕時計の長針と短針が
重なり合ったのだろうか。
裕一のスマホのアラームが鳴った。
" 8時20分 " 
準備を考えて5分前にセットしておいた。
急いで裕美を起こしランタンを灯すだけに
して、その時を待つ。

" 8時25分 " 

ランタンに灯を入れる。
すると辺り一面、とてもランタンの灯りと
思えない明るさに包み込まれたために、
一瞬目が眩んだようで、気付くと目の前には
恵美が立っていた。

「恵美……?」
「裕さん、ゆーたん、元気だった?」
恵美は以前と同じように笑っていた。
「おかあさん?おかあさんなんだね!
おかあさ〜ん!」
裕美は絵本を投げ出して母親の下に
駆け出し行く。
「ゆーたん、ゆーたん、逢いたかったよ!
良い子にしてた?」
「おかあさん、おかあさん、おかあさん」
今まで子供なりに我慢をしていたのだろう。
堰を切ったように涙が溢れている。

「あんまり泣いてるとブスになっちゃうぞ!
裕さんゴメンね、先にこっちに来ちゃって。
心配かけたくなくて、身体の不調を
何も言わないでいたのが良くなかった
みたい。馬鹿ね、私って」
恵美が後悔の言葉を言う。
「そうだよ、君は馬鹿だよ。俺も馬鹿。
君が居なくなってから気が付くのは
遅いけれど、人って、家族って、
もっと甘えてもいいんじゃないのかな?
って思うよ。良い事は倍に、悪い事は
半分ずつに!って」
「そうよね……」

それから裕一たちは残り少なくなって
きた時間を気にしながら、あれこれと
色んな話をたくさんした。
裕美に至っては以前通りに " えほんを
よんで " とせがんでいる。

「もうすぐ、ゆーたんの6歳の誕生日
でしょ?その日の夜、同じ8時25分に
東の空を見て!」
「東の空に何があるんだい?」
「見れば分かるわよ!」

気が付けばもうお別れの時間だ。
「ありがとう、裕さん。ごめんね!
ゆーたん。もう行かなきゃ」
「ありがとう、恵美。また逢えるよな!」
「おかあさん、いっちゃだめぇ!」

ランタンを灯した時のように、眩い光が
辺りを包み、収まった頃には
恵美は消えていた。

この本間親子の身に起こった事を信じて
貰えるかは分からない。
唯一つ言える事は、噂話に登った
キャンプ場は実在しているという事。

" 赤らんたんキャンプ場 " 
今、貴方には逢いたい人はいますか?

5月2日
ゆーたんの6歳の誕生日、夜8時25分
東の空に一つの星が流れていった……

            第一夜 完


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