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赤らんたんに灯を入れて 第一夜 前編

「あっ、あの〜、ホントにこちらで、
亡くなった人と逢えるんでしょうか?」

本間裕一は恐る恐る明神結衣に尋ねてみた。

「ハデに宣伝活動してる訳ではないですが、
こちらに来られたお客様は皆、満足された
様な面持ちでお帰りになられますから…」
一応結衣は含みを持たせた言い方をした。
実際、過去には依頼者と上手くリンクせずに
逢えなかった例が極わずかだがあった。

「そうですか……」
「ねぇ、おとうさん。ここにおかあさんが
いるの?えほんよんでもらえるかな?」
じきに6歳になる娘の裕美が嬉しそうな顔で
母親が何時も寝る前に読んでくれていた
絵本を抱えている。

「本間様はキャンプ初心者という事ですので
テントやタープ、焚き火台等セッティング
させて頂きました。
後は時間だけ、そう8時25分、20時25分に
この赤いランタンに灯を入れて下さい。
それだけを守って下さい。
裕美ちゃん、お母さんに逢えるといいね。
では、明日」
そう言って結衣は帰っていった。

「ゆーたん、8時まではまだ時間があるから
今のうちにご飯を作ろうか?
お腹空いただろう?」
「うん、すいたぁ〜!」

本間裕一と妻の恵美は社内恋愛だった。
ごくごく普通に付き合い、ごくごく普通に
結婚をし、1年後に裕美が産まれた。

結婚して4年、裕美が生まれて3年目位から
身体が辛そうにしてる時があった。
その時は笑って答えていたけれど、
今、振り返れば
無理矢理作った笑顔だった。

裕一も仕事で忙しくなり、あまり恵美の事を
気に掛ける時間がなかった。
娘の裕美とは朝の挨拶だけで、後は
寝顔を見てる毎日だった。
裕美の5歳の誕生日を2ヶ月後に控えた
3月初旬。

恵美は倒れた。

病名は " 膵臓ガン " だった。それも末期の。
医師からは " 持って3ヶ月 " と告げられた。
本人の希望もあり宣告は2人で聞いた。
裕一は慌てるばかりだが、恵美は薄々、
感じていたのだろう。
覚悟を決めた様子の恵美は強かった。

「何が3ヶ月よ!私は裕美の成人式の時、
一緒に晴れ着着るんだから!」
そう言って笑い飛ばした恵美の瞳は
少しだけ潤んで見えた。

それから入院生活が続き、あいにくと
裕美の誕生日は病室でのお祝いとなった。

5月の終わり。
恵美は旅立った。

裕美が5歳になるのを確認するかのように。

" 何と呆気ないお別れなんだろうな " と
裕一は思った。
" 自分の気持ちや感情をちゃんと恵美に
伝える事が出来ただろうか? いや……" 

そこからは慌ただしい日々になっていった。
まず娘の裕美に母親が亡くなった事を
理解させるのが大変だった。
日常生活では裕一の母親と恵美の母親が
交互に訪れ裕美の面倒や身の回りの事を
助けてくれた。

ある日、恵美の荷物を片付けていると、
一通の手紙を見つけた。
そこには " TV台の横にノートを置いてる " 
と書かれてあった。
見てみると確かに一冊のノートがある。

" 裕さんへ 裕美が20歳までにやる事柄 " 

表紙には懐かしい文字でそう書かれていた。
入院中に無理を押して、裕一が困らぬように
書いたものだろう。
                つづく


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