第15話 バタフライハグ
「そういえば、ボク、こんかいサンタさんからクリスマスプレゼントもらえなかったな……」
マンタは、ふと思い出したように悲しそうな顔をしている。
サンタさんとプレゼント、マンタの表情との情景から想起される僕の中の懐かしい想い。
こういう最たる虚構の世界に関しては下手に何も言わない方がいいのかもしれない。国ごと、地域ごと、家庭ごとに独自に解釈された世界があるはずだ。
夢の国で着ぐるみの中の人を問うように、世の中には真相を解明しないほうが都合がいいことも多い。今日の占いのような手触りのいい、聞き心地のいい虚構にみんな引き寄せられていくんだから。
お父さんは、悲しそうにしているマンタを見て、ハッと思い出したように慌てて、部屋から出て行っていた。
「マンタ君はサンタさんに手紙とか書いたの?」
リコは、しょんぼり肩を落としているマンタの隣に近づいていった。
リコにとって、サンタさんはどう映っているのだろうか。クリスマスという虚構の世界で、フォッフォッフォッと笑う赤い服着た奇抜な格好のお爺さんに目を輝かせる子供達。どうせ虚構を手放さずに彷徨うんなら、笑顔に結びつくような、キラキラした虚構にしがみついていてほしいなと願う。
「まだおてがみかけないから、1日のとこにかいてママにおねがいしてもらったんだ……ほら」
そうページをめくりながら、また日記と共に添えられている色とりどりのイラストを指差している。
サンタさんがこれを渡されたら大変だろう。まずは解読からはじめていかないといけない。
「ここにカードをさすの! そしたらヘンチンできるんだよ!」
マンタは鼻息荒く説明している。
これは変身ベルトなのか……確かに、この変身ベルトと見比べれば、マンタの描いたサンタさんは、格段にレベルアップしているようだ。
子供の溢れんばかりの頭の中というのはとても難解で自由で夢で溢れている。
マンタの絵をみんなで吟味していると、扉が勢いよく開き、少し服がよれたお父さんが戻ってきた。
「マンタ! ママが大変だったから、さっきサンタさんも遅れて来てくれてたみたいだぞ」
お父さんは純粋さを置いてきてしまった人たちからはすぐにわかる一芝居をうって、意気揚々と部屋の中に入ってきた。
マンタは、お父さんの言葉とともにお母さんの膝を急いで降り、転びそうになりながら、お父さんの指差す玄関の可愛らしいクリスマスツリーの下に走って行く。
子供にとって、物事の順序や整合性なんて関係ない、目の前にある事実が、夢が、願望が全てなんだ。マンタの必死な顔がそれを証明してる。
「ふふふ、何にでも一生懸命なんだなぁ……」
お母さんは、マンタの瞬間瞬間を感じ、目に焼き付けているようだ。
マンタも、持ってきたプレゼントの箱をど真剣な顔をして、フガフガ鼻息を荒立てて袋をこじ開けようと必死に包装をグチャグチャにしている。
「ほらほら、パパが開けてあげるから……」
プレゼントを開ければ赤い爺さんはきっとマンタの願いを叶えてくれるだろう。そこには、おさえきれない満面の笑みがあるはずだ。
僕にも、そんな明るい虚構に触れる機会がほしい。
そう思いながら目を瞑ると、目の奥に浮かんできたのは、赤い奇抜な衣装を着たリコがシャリンシャリンと鈴を鳴らしながらにっこり笑っていた。
◇
ベルトを巻いたマンタの変身シーンを何度も見せられながら、僕とお父さんは、何かの敵役をやらされ続けていた。
ベルトには、ご丁寧に剣も付属している。子供とはいえ、その攻撃は地味なダメージを与えてくる。
同じ行為を繰り返していく。子供特有ともいえるその同じ行動の中にも、少しずつバリエーションが増えていく。
マンタは、僕ら以外にも敵が見えているのだろう。倒した後もしきりに空中に向かって攻撃を繰り返している。
確かにナニカがいる。マンタを見てると僕もそう思えるような気がする。
「ヘンチン! とりゃあ!」
「ぐおぉぉお!」
「うぎゃあぁあぁ!」
サブスクのように延々と続くそのやりとりは、単純でお粗末で捻りも何もないけれど、僕も含めてそこには笑顔が広がっている。
笑顔の団欒の中、リコは柔らかな無表情をしている。
リコには理解しにくい世界が広がっているのかもしれない。男の子はなぜか戦いたがる子が多いんだ。
でもリコも、マンタのために、剣を使わずに戦ってくれたはずだ。その結果、リコにとっても、枷は外れたのか、緩んできたのか、自分以外により興味を持つきっかけにはなれているんじゃないだろうか。
数時間前まで地獄のどん底のように顔面蒼白になっていた家族とは今はもう思えない。
偶然、近かったクリスマス、季節ごとにある虚構の数々、僕らは知らず知らずに歴代の様々な恩恵のもとに生きている。みんなが知っている数々の虚構の下では、僕らは一様で多様な世界の下で生きているのかもしれない。
僕らは矛盾であり、いいとこどりであり、自分都合なんだ。だからこそ、想定できない困難があり、思いがけない涙があり、ふとした笑顔があるんだ。
「明日からも、一緒に日記を読もうかな……リコさん、ありがとう。私も自分のこと、マンタ君のこと、色んなことをまだ自分の中で分かってあげれていなくて。あなたが日記を教えてくれなかったら、あなた達がマンタ君を見つけてくれてなかったら、どうなってたかわからなかったわ」
「私は……他人《ヒト》の笑顔をもう一度見たいなって。その笑顔に関われるかなって思って。思い出を共有することで新たな物語が生まれていくのを、私も体験してきたから……」
「そう……少なくとも、今私が笑えているのはあなたのおかげよ」
リコは、無表情に下を向きながらうなづいている、綺麗な鈴の音を鳴らしながら。
家族というのは、このコロナ禍では特に閉じたコミュニティになりやすいのかもしれない。偶然であれなんであれ、僕らが少なからずも、何かのきっかけになれていなかったら、その先にあったものはなんだったのか、それは誰にもわからない。
少なくとも、リコは、井ノ瀬さん達の笑顔に興味があった。自分で精一杯だった虚構の下生きてきたリコは、別の物語にも興味を持ち始めたのかもしれない。少なくともその心の隙間はできてきているのかもしれない。そう思いたい。
「ママ! ボクかっこいい?」
「うん、かっこいいよ! なんのヒーローかママにはわからないけど」
「もう! ニッキにかいたじゃん! イッチョによも!」
マンタは、再びお母さんの膝の上に乗り抱きつき、日記を開いて読み始めている。
こういったことの繰り返しの先には、きっと今までの過去以上のものがきっとあるんだと僕は思う。
「なんだか、遺伝子みたい……」
リコの言葉に、母子を再び見てみれば、お母さんの胸に頬を寄せ抱きつきながら日記を見るマンタ、マンタを支えながらも日記を立て読んでいるお母さん、抱きつき絡み合う姿は確かにDNAの螺旋構造にも見えるのかもしれない。
マンタとお母さんを見てると、自分も抱きしめられているような、温かみを感じてきてしまう、不思議で包まれるような感情を味わう。
「そうだね……確かにそう見えるかもね。確かDNAは、片方が欠けても修復できる補完機能があるし。日記を媒介に思い出を共有、補完していく今の姿はある意味血のつながり、遺伝子ともいえるのかもしれない」
親子は血縁関係、遺伝子で決まるものなのだろうか、養子縁組など遺伝子でないとするなら思い出なのか。その2つともないならそれは親子とは言えないのだろうか。
目の前の光景を見てると、そうとは思えない。親子も虚構、それならばそれでいいじゃないか、その方が都合がいいのであれば。
◇
僕らは、井ノ瀬家を後にすることにした。
「リコねえちゃん! ぎゅーして!」
マンタは、帰り際、僕らのところに駆け寄ってきて、リコはしゃがみ一緒に抱き合っている。
「アルトにいちゃんもありがとう! リコねぇちゃん大事にしてよ!」
「いや……だから! ……いや、そうだな。また来るよ、マンタ」
マンタは、立ってる僕にもぎゅーっとしてバイバイをしていった。
また……また2人で来たいな。
リコは先に下に降りていった。
階段を降りながら、リコの方を見てみると、リコはナニカを抱き抱えるような仕草をしながらナニカを確かめていた。
そして、マスクに一筋の涙が染み込んでいくのが見えた気がした。
リコは、笑顔はまだ見せれていないが、徐々に僕の知る顔は増えていっているように思う。
それは、三鹿野さんたち、井ノ瀬さんたちとの出会いによるものなのか、自分で踏み出そうとした結果なのか。
僕は、リコとの出会った時の涙目を思い出しながら、再びリコと共に歩き出した。