見出し画像

狐狸五里霧中  超常現象専門古書店追懐


  お化けの類には幼い砌からの馴染んで育ったものの、幸か不幸か、超常現象の実体験には縁が無かった。憑依、呪詛、念力、霊験はもとより、虫の知らせ、金縛り、空飛ぶ円盤も湖底怪獣も、何もかも。仕方なしに一時、人並に本だけは読んではゐたが、古書展にも通ひ始めた高校の頃、昭和50年代半ばには、斯界の書冊は未だ評価の埒外といった感が強かった。値段が付くのは極く一部。主に昭和10年代まで、それも見映えする造本の本くらゐではなかったか。
 暫くして専門古書店を構へる人物も、元々は蒐集家だった様でもある。彼と出会ったのは昭和55年頃、往時は盛んだった百貨店での古書展。または一回だけ覗いた、脚本家の団体が開く旧作台本の売立会場だったかもしれない。後者は古本の展覧会と異なり、製作会社の倉庫に眠ってゐたと思しい手着かずの冊子を、一般にも頒けてくれる篤志の催し。しかも、頗る廉価。高校生の小遣ひでも、各人が十数冊は持ち帰れた。昭和40年代後半以降の子供向放送番組が過半ながら、中には題名すら知らなかったお蔵入怪獣映画の台本も重複して何冊か並んでゐたりと、かなり愉しめた記憶がある。友人達と望外の収獲に喜んでゐると、三十路に見える地味な扮装(なり)の小柄な人物が、語尾の上がる独特の調子で、誰に話し掛けるともなく、開場間も無しには有名作品の映画台本が鎭座、既(すんで)の所で入手し損なったと呟いた。びっくりして聞き返すと、決定稿だか準備稿だかと繰り返したのを覚えてゐる。情け無い事に、さういふ区別も初耳だった。暫く遣取りしたが、周りの友人は苦笑ひするばかりで、会話に入って来ない。訝しく思ってゐると、あれは名うての彌次郎と後で注意を促してくれた。

画像1

以下、約4800字・四百字詰13枚 図版3点 正仮名遣

ここから先は

4,958字 / 3画像

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?