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ボクは愛に殺される⑤

【四章】
『すごく難しいものと戦うんだね、頑張って!』
月の励ましに癒され、鼓舞され、ボクはPC上で音を紡ぐ。
行き詰まっても親友や月がボクを応援してくれる。

そんな心の支えは、ボクの作業スピードと集中力に拍車をかけた。

3時間後。デモソングは完成し、ボクの生演奏でメロディを録音した。
理論を駆使し、理論を詰め込み、理論で心を揺さぶろうと考えに考え抜いたこの曲は、
確かにシンプルながら聴き心地の良い仕上がりになった。

しかし、どうもしっくりこない。

その違和感はすぐに、"この曲はひょっとしたら微妙だな"という評価に変わった。
もちろん即座に親友のところに話を持ち帰った。

親友は『微妙ってことはないんじゃない?俺はこれがいいと思う』と言ってくれた。
なんと頼もしい。

デモソングのチーム内コンペが始まった。

結果、ボクの曲が断トツ得票数をもらい、この曲を完成形に近づけていくことになった。

さて、問題の"自然環境音を入れる"というところだが、親友と話していたところ、
『自然音のレコーディングを一度やってみたかったんだ』と言われ、
それから一週間後、国内でもそこそこ有名な河川・森林地帯まで行き、
奥地の川を何箇所か巡り録音しにいくことになった。

数日前のこと。

これは遠足を思い出すね、と言うボクに、『おやつは大人だから2000円までOKにしようぜ』と親友が返してきたから、
2人ともリュックがパンパンになるまでお菓子を詰め込んで当日集合した。

かなり県境の方までの電車の長旅だったが、親友といれば本当に時間が経つのが早かった。

たっぷり時間があったので、たっぷり音楽の話を一緒にした。

同級生に"生楽器が得意だから"という理由でアイドルソングの弦楽器パートを書いてほしいと頼まれたが正直自信がない、というものを親友に聞かせたら、

『こんな弦楽器アレンジができるのか、これは使えるぞ』と言ってくれて、

『これで将来俺がプロデュースしてやればお前の将来は安泰だな、うんうん』と将来の保証までされた。

親友の音楽に対する視点はいつも的確だから、
いくら自信がなくても親友に評価されればある程度の自信が持てる。

やっぱりボクにはボクの音楽を見定めてくれるこの人が必要で、
これからも長い付き合いをしていきたい、そう思った。


現地に到着した。
長い道のりだったが、電車を降りた2人の足取りは軽い。

古めかしい駅名が書かれた看板、
駅を出てすぐに広がる大自然、
道中見つけた地元の人達に可愛がられている野良猫のタマちゃん、
ありとあらゆるものを2人は写真に収めた。

ハイキングコースが案内板に書かれていたので、いい音が録れそうな滝や渓流、大きな川沿いを目指して2人は歩いた。

浅瀬でテントを張っている観光客がいるスポット。
ちょっと転べば川に落ちて流されていきそうな川岸の岩の上。
水飛沫が飛んでくる滝壺。
色々なところで2人は音を録った。

途中の見晴らしがいい休憩小屋で、
2人は持ってきたお菓子を手に持ってツーショットを撮った。

親友同士、初のツーショットだった。

ボクは、幸せだった。

ボクは、満たされた。

一緒にいられて、とてもよかった。

【四章 完】

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