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「知ることで、楽になる。はじめての女性学」〜bookwill「小さな読書会」第9回レポート ゲストキュレーター:天童睦子さん(宮城学院女子大学教授)~

 ここは蔵前。東京の東側、新旧のカルチャーが交差する街の一角に佇むビンテージビルの中に、ポッとあたたかなランプが灯る部屋があります。扉を開けると、北欧食器と本が並ぶ棚に、コーヒーの香り。小安美和が管理人を務めるブックアトリエ「bookwill」では、女性たちのシスターフッドをテーマにした招待制の対話型読書会を企画しています。

 アトリエのオープン1周年を迎えた2024年3月8日(金)は国際女性デー。この記念すべき夜に、宮城学院女子大学教授の天童睦子さんを招いての第9回読書会が開催されました。


 今回のテキスト(課題図書)は、2023年に出版された『ゼロからはじめる女性学』(世界思想社)。帯に書かれたコピー、「読んだら、霧が晴れる」が印象的です。
 
 天童さんは新しい学問として注目される「災害女性学」の第一人者でもあり、2021年に出版された『災害女性学をつくる』(浅野富美枝・天童睦子編著、生活思想社)では、日本では発展途上だった「ジェンダー視点による災害研究」に目を向け、非常時だからこそ社会的弱者の本質的課題があぶり出されることを指摘しています。
 
 仙台での講演を終えて新幹線で駆けつけてくださった天童さんのお話をぜひ聞きたいと、ビジネスや学術の第一線で活躍する女性リーダーが集まりました。
 
 
◆bookwill 小さな読書会◆
10代の中高生、キャリアを重ねたマネジャーやリーダー、研究者など、多様で他世代な女性たちが集まる読書会。7〜10人で一つのテーブルを囲み、肩書きや立場を置いてフラットに対話を楽しむ形式です。参加者は事前にゲストキュレーター指定の「テキスト」を読んだ上で参加し、感想をシェア。本をきっかけに対話を重ねていきます。

https://note.com/bookwill_kuramae/n/n07b548ffd1e5

 
<第9回「bookwill 小さな読書会」開催概要>
2024年3月8日(金)
ゲストキュレーター:天童睦子さん(宮城学院女子大学教授)
テキスト:『ゼロからはじめる女性学』(世界思想社)
 
 


 国際機関でジェンダーに関わる仕事に携わり、一時帰国の合間に駆けつけた女性。
 女子大の教授として学生のキャリア教育のサポートをする女性。
 地方の企業風土に限界を感じ、外資系企業を渡り歩くキャリアを選んだ女性。
 そんな地方の現状を変えたいと、地方自治体の中で奮闘する女性。
 被災地でNPOを立ち上げ、気仙沼で女性の自立支援活動を続けている女性。
 男性中心の大手メディア企業で働く中で、女性学に関心を持ち始めたという女性。
 保険会社のライフプランナーとして顧客の人生に立ち合う中で、ジェンダーギャップが生む現実に頻繁に触れているという女性。
 同性のリーダーがほとんどいない金融会社で、後進の育成に悩んでいる女性。
 
 読書会に参加した女性たちのバックグランドや属性は、実に十人十色。しかしながら、一人ひとりが、テキストを読む体験を通じて、自分自身の中に眠っていた「ジェンダー問題」を掘り起こし、内側から発する「問い」や「気づき」が交差する豊かな時間が生まれました。
 それは例えばこんな問いや気づきです。
 
・今、日本の社会で男性と同等に活躍できている女性は非常に少数派。わずか1%の「強い女性」を上層部に据えて企業が「うちは女性活躍推進をちゃんとやっています」とアピールするのは間違っている。残りの99%の立場に立って、本来あるべき構成をデザインするべきでは?
 
・まず強い女性を押し上げて最初の扉を開ける段階までは来ているが、問題はその次の扉をどう開けていくか。同じ会社で働く女性にも意識の温度差や経験の差もある。男性の間にもある。さまざまな「ギャップ」を可視化していくことが大事。
 
・大学など高等教育の場で「女性のキャリア支援」というと、いまだに「就職率」だけにフォーカスされている。もっと長期的なライフ&ワークをサポートする仕組みが必要だ。
 
・地方は都会と比べてかなり遅れているという認識だったが、実は地方も都会も抱えているジェンダー問題の本質は同じなのだと気づいた。同じ問題を突破しようとする仲間とのつながりを、これからもっとつくっていきたい。
 
 途切れなく続く対話に、「皆さんがとても深い考察と鋭い視点を持っていらっしゃることに感動しました」と天童さん。90分ほど続いたディスカッションの流れは、20代会社員のあかりさんが1枚にまとめてくれました。
 

  ディスカッションの中で特に盛り上がったのは、同書83ページで紹介される教育現場での「隠れたカリキュラム(hidden curriculum)」に関する話題。 
 天童さんによると、学校教育の正規のカリキュラムと並んで、「社会に支配的な文化と価値」のイデオロギーが伝達されることを意味するそう。 出席番号が男女で分かれ、特に説明なく男子が先に呼ばれたり、体操着の色が「男子は紺、女子はえんじ」と決められていたり。無意識に受け入れていた「区別」とそれに付随するモヤモヤの正体が、実は「隠れたカリキュラム」だったのだとうなずき合う参加者の女性たち。 

 「知らなければ分からなかった。女性学を知ることで、自分が抱える不安や葛藤の原因が決して自分の未熟さや至らなさだけでなく、社会構造の歪みにあったことを知ることができる。女性学が多くの人の生きづらさを解消するものなのだと、分かりました」 
 そんな感想を最後に話してくれたのは、最年少参加者のあかりさんでした。

  管理人の小安美和がかねてより抱いてきた「現役世代、そして次世代の女性リーダーのために、ジェンダーの歴史や問題の構造を学べる場づくりをしていきたい」という思いが、一層強まる夜となったのでした。

  3.11も近かったこの日、天童さんが「今まで人前で話したことがないし、本にも書いていない個人的なこと」を語ってくださった場面も。
「実は親族を震災で亡くし、私は研究の無力さを痛感し、しばらく自分が社会に対して役割を果たせていないような不安の中にいたのです。好きだったはずの海が怖くなり、ようやく海を見にいく勇気をふり絞れたのは被災から5年ほど経ってからでした。しかし、いざ目にした途端、自分を見失うほど動揺し、転倒して骨を折ってしまいました。痛みのつらさや日常の仕事もままならない不便さを実感しながら、『ああ、痛みとはこういうものなのだ』とようやく理解できた気がしました。その後、コロナ禍で奮闘する市民団体の女性たちの姿に触れるなどの経験によって、自分が社会に対して果たせることはやはり地道な研究と成果の伝達であるのだと思うに至りました。今こうして、皆さんと女性学を共有できる喜びを感じています」 

 小さな読書会「bookwill」では、これからも1冊の本を通じて女性たちがやさしくつながる対話の時間をつくっていきます。次回のレポートもどうぞお楽しみに。  

まとめ/宮本恵理子   

読書会を開催した3月8日は国際女性デー。ミモザの花束も、座談会の様子を見守っていました。