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熊本で個人書店を開業して365日経って思うこと

熊本市の中心部から少し離れたとある雑居ビルの2階で「scene」という名前の本屋をやっている。県庁がある通り沿いでそこまでへんぴな場所ではないのだけど、周りに商店が並んでいるわけではなく、看板なども出していないので、本当に目立たないし存在に気づかれない。

今日は店舗がオープンしてからちょうど1年という日だったので、この1年間を振り返ってみようと思い、通常営業の傍ら、店内で1人カタカタとノートパソコンのキーボードを叩いている。

ちなみに、本屋を始めるにいたった経緯については、「本屋開業日記」というマガジンに記録をつけていた。

そして1年前の今日、店舗をオープンしてからは「本屋営業日誌」というマガジンを作って、週に1回記事を追加している。ちょうど今日こちらも更新したところで、52本‐つまり1年分の内容が蓄積された。

週1で日記形式のラフな内容とはいえ、毎週記事を更新し続けるのはなかなか大変だった。
macとiPhoneのメモアプリに毎日の記録を書き溜めておいて、月曜日に内容を校正してから公開するようにしているのだけど、全然記録を付けることが出来ていなくて、月曜日にまとめて書くこともよくある。


それはともかく、本屋を始めて1年が過ぎた。体感としては「長い長い1年」だった。年齢を重ねるごとに時間がすぎるのが早く感じられる現象を「ジャネーの法則」というらしいけど、この1年間は法則無視で、スローで殴られるブチャラティのような日々を過ごしていた。「鋭い痛みがゆっくりやってくるッ!」わけであって、正直思い出したくない日の方が多い、大変な1年だったと言える。

何が大変だったかをざっくり2つ挙げると、まずこの店には本当に人が来ない。冒頭に書いた通り、本屋は雑居ビルの2階で全く目立たない場所にある。店舗を始めるまではSNSのフォロワーは100人ちょっとくらいだったし、顔見知りが周りにたくさんいたわけでもなく、そんな状態で始めてすぐに上手くいくわけがないのは分かってはいたのだけど、現実の厳しさはいつも想像の上を行っていた。

平日の日中は別の仕事をしていて、17時に仕事を終えて店に到着し、18時から22時まで営業している。4時間という営業時間の短さや夜間という特殊さに微妙に立ち寄りにくい場所と悪い条件は揃っていて、こんなところが日々繁盛する訳はない。誰も来ないまま営業時間が終わる日があるのも、1日2日は当たり前だ。それはやる前から覚悟していた。それでも、そういう日が何日も続くと、さすがに「自分は何をやっているんだろうか」という気分にもなってくる。
始めて半年間くらいは「まだ知られていないだけだし、続けていけば少しずつ良い兆しが見えてくるのでは」と思っていたけど、実際のところそう簡単ではなかった。月ごとの乱高下が激しくてまだ傾向が掴めていないのもあるけれど、店舗の売上については伸びてきている実感がない(オンラインストアは確実に伸びている)。
この1年で、誰も来ないまま終わった営業日が何日あっただろうか。数えたくもない。

そして、大変なことのもう1つが、儲からないことだ。本屋の仕事は、本を仕入れて売る、それだけだ。1000円の本を売るために700円で仕入れて、売れたら300円の儲け。売上の中から家賃や光熱費を払い、細々とした消耗品や、次に売るための本を買う。残ったお金で飯を食ったり住民税を払ったりするわけだけど、この1年、その生活のために必要なお金を捻出できていない。
本屋を始めてからは、事業用のお金と、生活用のお金を別で管理していて、本屋で得たお金は他のことには一切使ってこなかったのだけど、この1年で事業用の口座の残高は全く増えていない。
幸いなことに無借金で始めることが出来たので月々の返済はないのだけど、生活用の預金残高は随分減ってしまった。

1人で店をやるのは気楽だけど、良くないことが起きた時にドツボにはまりやすい。自分は元々マイナス思考の人間なので、結果が出ていないとすぐに内罰的な思考になってしまう。
この1年で苦しい経験をして心が鍛えられた、と言えれば良いのだけど、どうもそんな気もしていない。何回殴られても痛いものは痛い。

そんなこんなで苦労がたえない1年間だったし、これから次の1年に向かっていくにも課題を抱えたままではあるのだけど、こんなネガティブ思考の人間でも、店をやって良かったと思えたこともたくさんあった。

7月にオープンしてすぐに、ひょんなことからKADOKAWAの漫画雑誌の編集部の方に店のことを知ってもらい、いきなり商業作家さんのサイン会を実施することになった。先月もその2回目を実施したばかりで、次の開催も検討してもらっている。
その他にもライブやトークなど、熊本在住の人達を中心に色々なイベントを実施できたし、原画展も開催できた。イベント外でも、ライターさんや作家さんなど、色々な人がお店に来てくれた。
熊本県内外の書店とも繋がりが出来て、古本市のようなイベントにも出店させてもらえるようになった。
ラジオ番組に出演させてもらったり、取材をしてもらって本やウェブメディアに掲載されたことも、この1年で何度もあった。
友達も少なく、必要がない限りは家で1人で過ごしてばかりいた自分にとっては、劇的な変化があった1年だ。今でも友達は少ないし引きこもりがちだが。とにもかくにも、この1年で「いっぱしの本屋」になれたことを嬉しく思っている。

自分が売り手として本に携わってきた期間ってどのくらいあったのだろうとこの前ふと考えてみたところ、(ガバガバ判定でOKなら)いちおう20年近くはそういったことを続けてきたらしいということが分かった。2005年頃にVV社に入社して7年ほど勤め、退職後にオンラインの古本屋を始めた。その後再び書店勤めをしたりもしつつ、オンラインストアはずっと続けていたので、その間ずっと本屋だったと言えば本屋だったということにはなる。
仕事が忙しくて、オンラインストアをやっていると言ってもほとんど放置状態になっていた期間も結構あるけど、それでも辞めなかったことが今に繋がっていると思う。みうらじゅんさんが「”KEEP ON ROCKIN'”の”ROCKIN'”は誰でも出来るけど、”KEEP ON”が難しい。『まだやってる』って周りに言われるくらい続けてからが本番」といったことをおっしゃっていたが、まさにそれなのだ。
「本屋をやっている」と堂々と言えるようになったのは、店舗を始めてからだけど、曲がりなりにも20年KEEP ONしてきたというのを胸に、身体と心の健康と資金が維持できなくなるまでは、この先も続けていきたい。

最後にちょっとした余談。というか本当は開業日記の最後に書こうと思って忘れたままになっていた話。
「scene」という店名は、3年前くらいに自分で付けた。「風景」とか「場面」とか、元の英単語の持つ意味以上のものは込めていなくて、どんな形にも変わっていけるように、固定のイメージを持たれないような名前にした。自分で付けておきながら最初はあまりしっくり来ていなかったけど、この1年で色んな人が「scene」という名前を口に出してくれるのを聞いたり、テキストで目にしたりして、いまは「scene」という名前が店にちゃんと宿っているなと実感している。

これまでに出会ったたくさんの方々、対面することはなくても自分の書いたテキストを読んだり店のホームページを見てくれている方々、本当にありがとうございます。明日からもよろしくお願いします。







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