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乗代雄介ブックトーク「書くことのすゝめ」at おかやまZINEスタジアム(後編)

「おかやま文学フェスティバル2024」の一環として2024年2月25日に初開催された「おかやまZINEスタジアム」において、小説家の乗代雄介さんをお招きしてトークイベントを実施しました。主催の岡山市と乗代さんに許可をいただき、トーク内容の書き起こしをここに公開いたします。

前編はこちら↓

おかやまZINEスタジアム
日時:2月25日(日曜日)11:00〜16:00
会場:旧内山下小学校体育館
概要:ZINE・リトルプレス・同人誌・PR誌など、小規模出版物の展示即売会。創作文芸、評論・ノンフィクション、写真・アート作品など、ジャンルを問わず出品可

―お待たせしました。後半は、乗代さんを講師とした創作ワークショップ「小説の練習 〜自分を変える風景を書く〜」の参加メンバーでお届けいたします、よろしくお願いします。今回、ライター・イン・レジデンスで岡山に来られた作家の乗代雄介さんに講師になっていただき、乗代さんが普段からおこなっている「文章で風景をスケッチする」というワークショップを行いました。

乗代 3期にわたって、2か月ずらしながら隔月で実施しました。

補註:ワークショップは第1回 10月14日(土)、第2回 12月16日(土)、第3回 2月24日(土)に実施

―第1回は、乗代さんによる風景描写の講義のあと、みんなで岡山城に繰り出して、旭川の河原に座って岡山城を眺めながら、とにかく文章を書くという…

乗代 けっこうストイックなワークショップです。

―30分ほどで風景スケッチを書いて、また部屋に戻って…

乗代 ノートに書いたスケッチを、部屋に戻ってまた推敲して、書き直したり加筆したり、加えたり削ったり、表現を変えてみたりとか、そういうことをするという… 黙々と。

―それを隔月で3回繰り返すというものでした。ちょうど昨日(2/24)3回目のワークショップが終わったところですので、参加者を交えて振り返っていきたいと思います。よろしくお願いします。まずは乗代さんに質問なのですが、今回このようなワークショップを開催したのはどういった経緯から。

乗代 そうですね。僕が風景スケッチという、外を歩いて、そのへんに腰掛けて、そこで風景を見ながら30分ぐらい、見たものをしっかり書く練習というのを数年前から続けておりまして、それがいちばん小説に結びついたのが坪田譲治文学賞をいただいた『旅する練習』です。関東の、利根川のだいぶ河口の下流部のほうの、千葉・茨城のあたりをずっーと歩いていくという流れの小説なんですけれども、そこで自分が書いた風景スケッチをそのまま載せました。風景スケッチが創作につながるというか、風景スケッチ自体がすごく創作的な、文章を書くうえですごくいい営みだなと思ったので、これをみんなにやってほしいというか、これならけっこう書けるぞという。風景によって、自然に書かされている感じになるので。なので「ワークショップをしませんか?」っていう話をただいた時に、岡山はすごくいいところが多いし、風景を見ながら書くということをやったら、みんなの書く練習にもなるし、地域を見つめ直すようなことにもなってすごくいいんじゃないかなと思い提案しました。これまでやったことがなかったので不安だったんですけども… というのが始まりです。

―ありがとうございます。ワークショップを実際にやってみての印象はいかがでしたか。

乗代 本当に、参加者の皆さんがこんなにやるとは思わなかった。もっと、結構なごやかな雰囲気で進むかと思ったんですけれども、ここで皆さんにも現場の写真とか動画を見せたいぐらい… やってる間は全然しゃべらないし。僕が講師役ですから、推敲の段階になった時に「なんか質問あったら、表現の相談とかのりますから」って言っても全然質問されないし。 3回目に至っては「あと15 分です」とか言ったら、僕のほうチラッと見ただけで、またすぐ書いている手元に眼を戻す、みたいな。すっかりそっけない生徒たちになっていて。でもそれは、自分たちで、書くことに個人個人で向き合っているということなので、すごい良かったなというのが、あとで皆さんの文章を読んでやっと感じられました。僕は予想以上に本当に楽しく、すごく有意義な実りのあるものになったんじゃないかなと思って、結構興奮しました。このワークショップは、僕がこの2年でやった仕事の中でいちばん重要な仕事だと思っています。

―それはすごく嬉しいです。確かに、ワークショップをしている最中はずっと、乗代さんが引率者としてやることがあんまりないという状態で…

乗代 とくに2回目、3回目とか、もう、役所の方とかもいなくて誰も引率してないのに、生徒たちは勝手に前へ進んでいって、なんか勝手に座って書き始めてるし。結構めちゃくちゃでしたね。個人行動の多いワークショップでした。

―やっぱ書くことっていうのはそれだけ個人的なもので。

乗代 そうですね。それが伝わったんだなと思って、まあいいかと思っています。

―そういった感じのワークショップでございました。ここに3名の参加者に来ていただいてるので、それぞれ参加の動機や感想を聞いてみたいと思います。渡邉さんからいいですか。

渡邉 はい。渡邉といいます。普段は古本屋をしていまして、実はこのイベントの実行委員もやっています。それもあって、最初は、岡山市の職員さんから相談を受ける形で乗代さんのワークショップのことを知ったんです。おかやま文学フェスティバルのイベントの宣伝などを私がやってるものですから、Twitter(現X)ですとかFacebookなどのSNSで、どういう風に告知したら乗代さんのワークショップについて広まりますかね? と相談があった。こんなにいいワークショップなのに、当初はあまり皆さんに周知がされていないという状態がありまして。「どういう風に告知するべきですか?」ていうのを聞いて、僕はまず「おい、嘘だろう」と思ったわけですよ。というのが、そんなワークショップがあること、僕も知らなかったぐらいですから、他の人は知ってるはずがないんですよ(笑)。そういったわけでワークショップのことを知って、岡山市の方には「こういう風に告知したらどうですか?」とか「こういう情報を出したらどうですか」って言いつつ、こっそり僕も申し込んだ、というような経緯ですね。乗代さんの文章って、読まれた方は分かると思うんですが、すごく濃密な文体で、読んでいて何を感じるかというと、「この人ずっと文章を書き続けてきた人なんだろうな」という風な、背景に奥行きを感じる文章なんですけども、それをまさに体験できるワークショップなわけじゃないですか。これが知られてないっていうことが腹立たしかったし、僕が絶対参加すべきだと思ったという。そういった経緯で参加させていただきました。

―参加してみての感想は。

渡邉 この風景スケッチは、サラサラとクロッキーで絵を描く練習をするようなことを文章でやってしまおうというもので、書く訓練だと思うんです。見たものをそのまま書くっていうことは、文章を書く中では実はあまりないことなんですね。思ったことだとか、ブログを書いたりだとか、今日あった出来事を日記などに書くことはあるけども、今見ているものを、スケッチブックに絵で書くように文章で書き留めていくっていうのは、まさに訓練ですよね。なので最初は戸惑いがありつつ始めて…

乗代 そうでしたね。

渡邉 戸惑いつつも、やっていれば書いてはいけるんだけども、いつの間にか思ったことを書いているし、いつの間にか批評めいたことを書いてるし、いつの間にかちょっとこの文章にオチをつけなきゃいけないと思っちゃったりとか、恣意が入ってしまう。自分の意思が入ってしまうんですけども、ここを削ぎ落としていく中で、何回かやっていくうちに、風景と向き合えるし、自分の文体と向き合える。すごく実りのある時間だったなと思っています。

―ありがとうございます。乗代さん、いまのを聞いていかがですか。

乗代 嬉しいです、本当に。これだけですね、もう。このワークショップをやっていて、そういうことを思ってもらうというのがいちばんの目標だったので。さらにそれを超えて、文章が残って、僕は読ませてもらえるので、すごく楽しいです。ありがとうございます。まだ風景スケッチを続けてくれている、続けるぞっていう方もたくさんいて。いいぞいいぞ、と思っています。

―つづいて横田さんお願いします。

横田 横田と申します。普段は岡山市内の書店で書店員をしています。乗代さんの本は、坪田譲治文学賞を受賞された『旅する練習』で初めて読ませていただきました。私は書店員をしていることもあって、坪田譲治文学賞を受賞された本は必ず目を通すようにしていて、読んだとき「ああ、なんでこんな本を今まで読んでなかったんだろう」って思ったと同時に、「ああ、こんな本に出会えて嬉しいな」って、「一生読んでいきたい作家の方と出会えたな」って思いました。そこから新刊が出るたびに読むという繋がりしかなかったんですが、今回ご縁があって乗代さんのワークショップに参加させてもらえることになって。しかも今まで自分がやったことがない、風景を文章にして書き起こすというワークショップで、とても不安があったんですが、挑戦したいなと思って申し込んだのがきっかけです。

―ワークショップを振り返ってみていかがですか。

横田 先ほども言ったとおり、文章で風景をスケッチするのは初めての試みで、まずぶち当たったのが「モノの名前が分からない」ということでした。調べればもちろん分かるんですが、特にワークショップの時には時間制限がありまして。まず外で風景を書く、そこから屋内に入って推敲してそのまま乗代先生に渡すというような、結構ハードなワークショップだったので、そんなに調べている間もなく、とにかく書き上げなきゃいけないぞ、と。でもやり出したら面白いし、分からないし、もっと書けるようになりたいという気持ちが湧いてきて、今では週に1回は外に出て風景スケッチをしています。これは、とにかく練習をしないとできるようにならないので、とにかく練習を続けて、もっと言葉と仲良くなりたいなって思いながら続けているところです。すごく楽しくて有意義で豊かな時間です。

―ありがとうございます。乗代さん、いまこの「モノの名前が分からない問題」が出たんですけど、いつも分からないものに当たった時にどう対処していますか。ふだんから図鑑を持ち歩いていたりするのでしょうか。

乗代 僕も最初は分からないことだらけで、動植物の名前もそうですし、川で水門とか橋を見かけたときにも、橋のこの部分は何という名前なんだ?とか、書きたいのに書けないっていうことが結構つづくので、もう図鑑も5、6冊持って、めちゃくちゃ重いのを持って40〜50km歩くわけですよ(笑)。だから、横田さんの気持ちはすごくよくわかるというか、僕も最初はそうだった。でも、調べていくことで、そうじゃなくなっていく。でも、調べ終わることは絶対にないので。「一生やるしかないんだろうな」っていう感じを持った時のことをすごく思い出します。ただ、ワークショップの時間に関しては、ものすごく延ばしたんです、最初の予定より。当初は午前中とかお昼すぎで終わるみたいな話だったのが、3回目はもうあさ9時から夕方4時とか5時までやってるっていう…

―もう丸一日でしたね、昨日は。では最後に稲垣さん、今回つくられたZINEのことも含めてお願いします。

稲垣 稲垣と申します。私は普段は京都で大学生をしていまして、ワークショップのために岡山に通っています。いまご紹介いただいたので先にお話するんですけど、ワークショップで学んだ風景スケッチは、やっぱりすごくいい営みで、たくさんの参加者の方が個人的に、ワークショップの外でも風景スケッチをやりたいということで、実際に書いてくださったものを集めて冊子をつくりまして、すぐそこのブースで販売しています。もしよかったらお買い上げいただければと思います。この風景スケッチは、すごく手軽にできるものだと思うんです。それこそ私たちも、ワークショップのいちばん最初に乗代さんから小さいノートとペンを1本いただいて、それをずっと使って、そのノートとペンで書き続けてるんですけども。

乗代 自腹です、僕の。

―(笑)。ペンは乗代さんからプレゼントしていただきました。

稲垣 風景スケッチはノートとペンだけでとても簡単に始められるものなので、よかったら皆さんもぜひやってみませんか?っていうのを今お伝えしたいです。私がこちらのワークショップに参加したきっかけは、乗代さんがSNSで宣伝されていたのが目がとまって、「うわ。これは行きたいな!」って思ったんですけど、さっきもお話されていたとおり、最初は岡山市の学生限定って話だったんですよね。私はそれを見て「うわあ、今だけでも岡山の大学生になれないかな」と。なんか住所があればオッケーらしいので、その時だけ岡山に住民票を移せばいけるんじゃないかな? ぐらいまでは考えてたんで。

―そこまでしてね。

稲垣 僕はもともと乗代さんの本をすごい読んでいて。だから乗代さんがワークショップやりますって聞いて「いや、こんなのいっぱい人が来ちゃうだろう」と思った。でも2次募集になって、どんな人でも、日本全国どこからでも受け付ますっていう形になったので、「こんなにありがたいことはない」と思って参加させていただきました。ワークショップに参加して思ったのは、やっぱり「こんなにたくさん書く人がいるんだ」っていうことで、勇気づけられた部分があります。書くだけでなく、本をつくって出していらっしゃる方もたくさんいる。読んだり書いたりすることって、やっぱりずっとひとりで向き合っていく作業だと思うんですね。書いたり直したりっていうのを黙々と、ひとりぼっちでやっている人がこんなにいるんだっていうことを身近に感じられたことが、私にとってはすごい励みになりました。「書いたり読んだりすることっていいものだな」っていうのをしみじみと感じています。

―ありがとうございます。冊子のタイトルは『小説の練習』です。乗代雄介さんのワークショップで参加者が書いたものを中心とした風景スケッチの作品集です。中には乗代さんのスケッチも掲載されてます。

乗代 はい、そうです。僕が、雷に打たれかける時のスケッチです。歩いているとそういうこともあるので(笑)。その時の風景スケッチを、不安に怯えながら書いた時のものを僕も寄せさせていただきました。この冊子の制作は有志の方がやってくれたものです。

―気になる方はぜひ買ってみてください。

乗代 ワークショップで最初に募集をかけた時には十数人ぐらいで予定していたんですけれども、そういう経緯があって範囲を広げていった時に、一気に二十数人とか、「もう30人近いです」みたいなメールが連日ポンポン届くようになりまして。「選考はどうしますか」みたいな。でも、僕はやり方を変えてやればいい話なので、全員に参加していただいてOKという形にしました。だからこそ、そのぐらいの規模と人数で、たくさんいる中で書くことができたわけで、いま稲垣さんがおっしゃったような「そんなにいるんだ」っていう感覚にもつながったので、大変だったけどすごく良かったなと思っています。さらに、参加者の中で有志の方にそういう冊子をつくっていただいたので、本当に「これは続いていくことなんだな」というのを実感しています。

―ありがとうございます。では、参加者のほうから乗代さんに質問があれば。昨日、我々はワークショップで乗代さんにいろいろと質問できたんですけど、渡邉さんは昨日はちょっとお忙しくて参加できなかったので、いかがでしょう。

渡邉 何日か前まで聞きたかったのは、「今日打ち上げ来られますか」みたいな話だったんですけど(笑)。今回のことをきっかけに、今後、岡山を舞台に何か作品を書かれたりとか、もしそういう予定があれば、言える範囲でヒントをいただけると…

乗代 最近のスタイルでは、取材をして歩いて、風景スケッチをして、その中で知ったこととか感じたこと、考えたことっていうのを生かしながら小説を書いているので、岡山でこれだけ取材をしておいて何も書かなかったら、「じゃあ何も思わなかったのか」ってことになりますので(笑)。実際、本当にいろんなことを考えて、思っていることもありますので、それをもとにした小説を書けたらと。特に風景について考えたこととか、ワークショップで書いてもらった風景とか。市内の方が多かったので、課題で書いた風景スケッチを提出してもらって、実際にそこへ歩いて行ったりしたなかで考えたこともたくさんあるので、そういう岡山の風景案内になるような小説を書けたらなーと思っているというのを、今ここで言うことで、ちょっと奮い立たせたいと思います。

(場内拍手)

―たいへん期待しておりますので、よろしくお願いします。今日こちらの会場でも配布している、Vol.3って書かれたおかやま文学フェスティバルのパンフレット、こちらに乗代さんのエッセイが掲載されてます。

乗代 結構前に書いた。あの、忘れてるわけではないです。ちょうどワークショップの1回目が終わった時に書いたのかな。

―そういうタイミングですね。10月の半ばぐらいに 1 回目がありまして。

乗代 その1回目のときにいろんなところへ取材で回ったときのこと、取材の中で関わった方のこと、風景とかワークショップのことも書かせていただいてます。

―このほかにも、エッセイはすでにウェブ上でもいろいろと書いていただいております。こういったものも皆さんにぜひ読んでいただいて。

乗代 そうです。小学館の… なんだっけ?

―「小説丸」ですね。

乗代 「小説丸」というサイトで、歩いて行ったところのいろんな風景を書いていて、その中で岡山を舞台にした回もありますので、ぜひ読んでいただけたらと思います。「風はどこから」という連載です。

―では、最後に質疑応答ということで、会場の皆さんからいただいた質問にお答えいただきます。

乗代 意外とありますね。あんまりなかったりするものですけど、意外とある。ありがとうございます。

―けっこう具体的な質問が来ていますので。

乗代 簡潔に答えられるものはがんばって簡潔に答えたいと思います。たぶん時間もありますので。

―ではさっそく、佐藤さまから。「ひとつの作品が出来あがるのに、どれぐらいの時間、日数がかかりますか?」

乗代 結構まちまちなんですけど、それこそ風景スケッチを元にしてたりすると、 2、3年前のものとかも使ったりするので、そこを起点にしたら数年かけてますと言いたいところなんですが。まあ、小説として書き始めて1年かかるかかからないか、ぐらいが基本ですね。それも取材期間が結構長いので、9ヶ月取材して3ヶ月で書くみたいなパターンもありますし。わりと書くのは早いらしいので。取材を綿密にやっておけば、すっと書けるみたいなところはあります。しかも風景スケッチだとね。そのまま自分で載せちゃえばいいから、楽は楽なんです。

―取材したものがそのまま使える。

乗代 はい。切り貼りして。

―ありがとうございます。続いて、匿名希望のかた。「小さい頃から書くことがお好きだったようですが、書くことによってこれが伝えたい、というようなことが具体的にありますか?」

乗代 書くことは小さい頃から好きだったけど、伝えたいがゼロだった。それがよかったのかな、と自分では思っているんです。読んでもらいたいとかいう感覚は全くなく、ネットでやってる時もコメント欄はなかったし、まあ、ある時もあったけど、コメントが来ても無視するみたいな、よくわからないスタイルでいたので。

―反応を気にしないというのは珍しいタイプなのではと思うんですが…

乗代 どうなんですかね? 元々の性格的なものかもしれない。基本そんな目立ちたいタイプではないので。

―書いているのが楽しい。

乗代 はい。そうですね。

―ありがとうございます。続いて、「本の表紙、装丁へのこだわりというのはありますか?」

乗代 これはもうはっきりとゼロ。ゼロというか、こだわりがないわけじゃなくて、それはやっぱりプロの方に、装丁家の方とか出版社の方にお任せするので、僕は文章の方を書いているので、装丁がイメージに合う合わないとか、そういうことは関係なく、全てをお任せして何も口を出さないし、デザイン途中で「こういうのにしたいです」っていうのも送らなくていいですと言ってあるぐらいです。

―じゃあ、出来上がったものを初めて見るぐらいで。

乗代 ひとつだけ条件を出すのが、登場人物の顔が分かるようにはしないでください、っていうことだけお願いしています。

―やっぱりイメージがついちゃうと…

乗代 はい。それ以外はゼロなので、ほぼ出来上がる直前に見ます。その段階からは当然修正もきかないので、言うこともないですし。でも、小説の内容をすごい汲んでくれた装丁になっている時は、どこかに書いて感謝を伝えたいなという気持ちがあって、時々やっております。

―特に気に入ってる装丁があったりしますか。

乗代 『旅する練習』の単行本の装丁は本当に感動しました。川名潤さんという装丁家の方なんです。今ものすごい忙しいらしいんですいけども。

―文芸誌の「群像」もデザインされてますね。

乗代 そうです。群像もやって、普通の本もいっぱいされて、僕も次に… あ、言わないほうがいいこれ。なんでもないです。

(場内笑)

乗代 あぶない。あぶなかったですね、いま(笑)。

―ありがとうございます。続いてもうひとつ。「自分の考えとか思ったこと、感じたことを文章にするのが苦手な子供たちもいると思うんですが、そういった子にどのような声かけをすると抵抗なく書けるようになるでしょうか?」

乗代 さっき渡邉さんもおっしゃってましたけど、確かに文章を書くとなると、考えたこととか思ったこととか自分の意見とかっていうものにつながりがちで、特に子どもには「文章というのはそのためにあるんだよ」みたいな教育がなされるようなところがある。僕も講師をやってましたので、確かに「伝わらなきゃしょうがない」みたいな世界ではあるんですけども。でも風景スケッチをやると、そんなことを書く必要はないし、書きたいならば全然書けるという、そういう大らかなものが「風景を書く」ということなので。自分の考えとか意見とか思ってることとかを「伝える必要はないんだよ」ということは伝えたいですね。

―むしろ伝えなくていい、と。

乗代 それが自然なことになっていったらいいなと思っています。

―ありがとうございます。引き続いて「作家さんが感じる岡山の魅力って何でしょうか?」

乗代 それは、あの、書きますので。お待ちいただければと思います。さきほどの、ウェブにあるエッセイなども読んでいただけると、魅力のあるものを僕は見て書いたなと思っているので、伝わるかなと思います。

―次の質問も近いんですけども…「色々と伸びしろしかない岡山と言われてますけれども、これから文学に関する取り組みとして工夫ができるようなところってないですか? 何かヒントを教えていただければ」

乗代 ちょっと関係者の匂いがしますけども(笑)。「一緒にやっていきましょう」というお返事になるのかな、と。僕もいま本当に協力したいという気持ちしかないので。

―それはたいへんうれしいです。

乗代 お世話になっております。

―よろしくお願いします。では続いて、「どんな人が風景スケッチに向いてると思いますか?」

乗代 これははっきりと、「全員向いている」といえます。最初の第1回のワークショップで、講義形式のお堅いやつでも言ったんですけれども、風景が嫌いな人はいない、と。風景にアレルギーがあって、どういう風景もダメなんだよね私は、ってひとは絶対にいなくて。何か風景を前にした時には絶対、自分の興味のあるものに目がいくし、ああいい風景だなと思うものが絶対に、人には何かしらある。それは記憶に残るものかもしれないし、ただ単に綺麗な風景ということかもしれないんですけども、それがないという人には僕は今のところ出会ったことがないので。そうなると、ただ見れば書ける。さっきみなさんが言ってくれたことが起こるので。だからもう「全員大丈夫です」と胸を張って言いたいですね。

―ありがとうございます。…続いて、「ワークショップではかなりたくさんの人数で歩いて書いてをやりましたが、乗代さんが普段おひとりでされている。その違いというのはどういうところにあるでしょうか」

乗代 歩きながらだとけっこうみんなで喋って、仲良くなったりして、「わあ、いい雰囲気だなー」と思ったのに、書き始めたら全く誰とも喋らなくなるという…(笑)。このオン/オフをまざまざと見せつけられました。なので、書くのはひとりでもあまり変わらないかなと思ったりもしましたね。ただひとりで歩くと、全てが風景を探す時間になるので。そこは集中力というか、どこでやってもいい自由さとか、そういう違いはあるかなと思いつつ。でも、結局はね、ひとりでやるしかないんだなというのを改めて実感したな、という感想を持ちました。

―ありがとうございます。関連して聞きたかったことなのですが、いつも風景スケッチをされている時の持ち物、いわゆる七つ道具みたいなものってありますか。

乗代 当然ノートなどは常に持ち歩いているんで。(リュックからケースを取り出して)これが基本のセットです。冬場とか夏場とか、下が汚れていることが非常にたくさんあるので、こういうマット。これはノートですね。鹿島アントラーズの記念のモレスキンなんですけど。ちょっとでかくてやだなと、いまは思ってるとこなんですけど(笑)。あとは筆記用具。そんなにたくさん持つわけにもいかないので、ちょっと太めのシャープペンに消しゴムが付いてるものとか。あと、ちょっと変わったものでいうと、ちょっと今は持ってないんですけど、軟式の野球ボールをよく持ち歩いています。ほぼ人のいないところに行くので、橋の橋脚とか、投げれらるところがあったら時々投げて。リュックでずっと歩いていると肩が凝ってくるんですよね。

稲垣 うんうん。(大きく頷く)

乗代 稲垣さんが納得してくれてる(笑)。なので「ちょっとこの辺の筋肉を剥がしたいな」って時とかに壁当てをしたり。あと、身体にボールを転がしてマッサージみたいなことをしたりとか、けっこう便利です。思いっきり球を投げる機会って大人になるとないですし、そういう時じゃないとできないことなので、軽いものですし、是非とも持ち歩いてもらえると、なかなかできないことができたりします。僕は平日によく歩くので、すごい広大な、田舎のほうの運動場とかって誰もいないわけですよ。そこで思いっきり羽を伸ばすことはよくあります。サッカーボールとかも持っていったり。いろいろ遊んでます。

―ありがとうございます。風景に関して、乗代さんが気に入ってる風景の傾向というか、たとえば人工物があったほうがいいのか、とにかく自然豊かなのがいいとか、好みはあったりしますか。

乗代 そうですね。気分にもよるんですけど、やっぱり書いていて面白いのは、人間と自然の狭間というか、それこそ里山という言い方もありますけれども、適度に手が入りながら綺麗に保たれているような風景。人の営みと自然の営みとが共存しているところがいちばん書くものが多くなるというか、そこで「何を書こうかな」と迷えるような楽しさもありますし。やはり人間が見る美しさと、自然的な奔放な美しさみたいなものは違うので、人間の名残りが残っているほうが僕は好きです。だから野山とかでも、奥まではあまり行かないですね。あの、死んだらやだなとも思いますし。とにかく無事に書けるようなルートを通るようにはしています。

―今回いろいろと岡山を巡っていただいたんですけども、特に印象的だったところはありますか?

乗代 全ての場所です。

―やっぱり。

乗代 はい(笑)。

―ありがとうございます。最後に、ちょっと抽象的な質問なんですけど…「言葉の役割とは何ですか? 」という質問が来ております。

乗代 言葉の役割について、僕は「残すこと」だと思っています。誰かに宛てて残すというよりも、ただ残しておく。石が転がってずっとそこにあるように残しておく。それが何かにつながるとかそういうことではなく、この地球上に何か人が残せるもののひとつとして、転がしておけるもののひとつとして言葉を捉えているので。だからこそずっと、学生時代から続けてこられたのかなと思います。

―ありがとうございます。いい締めになったかと思います。

乗代 湿っぽくていい(笑)。

―ではそろそろ時間になりましたので、以上で乗代雄介さんのトークイベントを終了いたします。

乗代 ありがとうございました。

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