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レティシア書房店長日誌

岸政彦「にがにが日記」

 社会学者で、小説家でもある岸政彦の新刊(新潮社/2200円)。まず、著者に言いたい。「こら、おっさん、上下二段組350ページもあるボリューム本の中身は、酔っ払ってグテングテンになったことだけかい!」
 しかし、無性に面白い。なんで、こんなに他人様の日記が面白いのだというぐらいに面白い。新潮社のウエッブマガジン「考える人」に連載されていた「にがにが日記」を紙媒体として出したものですが、これはまとめて読んだ方が、より一層笑える、深く考える、ため息をつく、と思います。

 2017年4月2日から2022年8月4日までの日記が収録されています。ページをめくると「この日記の登場人物」が出てきます。
「きし(私、俺)、おさい(連れ合いの斎藤直子)、おはぎ(猫、2000年生まれ、きなこの姉妹)、きなこ(猫、2017年に17歳で死去)」それぞれの特徴も書かれていますが、大体、日記の本で、登場人物の紹介コーナーを取るって、めったにありませんよね。
 「1月20日(土)昨夜のおはぎはほんとうにうるさかった。めっちゃ起された。(略)二次会まで行って、大阪に帰ったらちょうど友人Bのところに友人Kがきていたので寄る。Mも参加。そのあと泊まったKが赤ワインのゲロを和室の畳で吐いたらしい。午前2時ごろ帰る。8時間飲んでた。」だからなんなん?おっさん、とツッコミを入れたくなるのですが、読み終わったら、おそろしい量の付箋を貼り付けてた。なんで多量の付箋貼り付けたんだろう?と自分で思いましたが、それは、繰り返される日常の描写の合間に、鋭い指摘があったり、社会学者としての矜持が垣間見えたり、コロナ時代の日本の本当の姿に言及したものが、方々に散りばめれているからだと思います。そして、岸センセは亡くなった猫のきなこの写真を見ては、泣くのです。親しみを持ってしまいます。
 著者には沖縄の人々の生活を丹念に調査して論じた本があり、沖縄との距離はとても近い。で、こんな文章が出てきます。
「8月8日(水)、今年2冊目の単著『マンゴーと手榴弾 生活史の理論』の原稿を完成させた。最後の行を書き終わったちょうどそのとき、沖縄の翁長雄志知事が亡くなったとの知らせが入った。意識混濁の速報が出てから、何人かの友人が浦添総合病院にかけつけ、外から見守っていたら、亡くなったあと、夜10時すぎになっても、病院の真上をオスプレイが飛び回っていたそうだ。上空から、あざ笑うかのように。」著者の沖縄駐留米国軍への、それをずるずると許している日本国政府への、憤りが籠っています。
 付箋を貼った文章をもっともっと紹介したいのですが、もう本をコピーした方がましなくらいあるのでやめます。読んでください。
 ところで、よく喋る(鳴く)猫のおはぎ、「一度など、非常に明瞭に『8時半』と言った。いや、そう聞こえたのではなく、たしかに「8時半』と発音したのである。おはぎ、賢いぞ。」って、ホンマかいなセンセ?
 ちなみに、おはぎさんは本年3月22歳で天国へと旅立ちました。合掌。センセ、またいつまでも泣いてはるのやろな…….。

在りし日のおはぎさん

●ギャラリー案内
11/15(水)〜26(日)「風展2023・いつもひつじと」(フェルト・毛糸)
11/29(水)〜 12/10(日)「中村ちとせ銅版画展」
12/13(水)〜 24(日)「加藤ますみZUS作品展」(フェルト)
12/26(火)〜 1/7(日)「平山奈美作品展」(木版画)

●年始年末営業後案内
年内は28日(木)まで *なお26日(火)は営業いたします。
年始は1月5日(金)より通常営業いたします。
 

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