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レティシア書房店長日誌

ジュスティーヌ・トリエ監督「落下の解剖学」

 トリエ監督の新作は「落下の解剖学」。不審な死を遂げた夫と殺人の疑惑を持たれた妻の物語、と書いてしまうとスリリングな攻防があって、最後の逆転劇が用意されているようなカタルシス一杯のサスペンスものか、と思われるかもしれませんが、ちょっと違います。鋭い言葉で、被告人のサンドラを追求する検事が登場して、緊張感のある応酬はあります。しかし、判決の瞬間は描かれません。でもこれが、よくある裁判劇ドラマの200倍は面白いと思える映画でした。

 フランスのグルノーブルにある山荘、雪に覆われた山荘の前庭で血を流して倒れている夫サミュエルを発見したのは、視覚障害を持つ11歳の息子、ダニーと愛犬スヌープでした。捜査の結果、自殺とも事故死とも言い切れず、結局その場にいた唯一の人間である妻のサンドラが殺人罪で起訴されます。ここから、映画の舞台は法廷へと移ります。殺人だと言い張る検察と、自殺を主張する被告人の弁護士。やがて、平和そうに見えた夫婦の、もう一つの姿が晒されていき、夫婦の秘密が容赦なく暴かれます。小説家を志していた夫と人気作家になった妻、息子の視覚障害の原因を作った夫、家事をめぐる役割分担、さらにはバイセクシャルだったサンドラの性的な関係等々を、固唾を飲んで見つめる事になります。修羅場と化した夫婦喧嘩を夫が録音していて、それが法廷で流されるシーンは、異様な緊張感を持って迫ってきます。
 裁判は一応の決着を見るのですが、さて真実はどうだったのか。いや、真実って本当に一つだけなのか。誰にとっての真実か。監督は、この夫婦の生活を細部まで描きながら、観客に向かって、家族とは何か、あなたどう観ましたか?と問いかけてきます。
 裁判の行方を決定づけたのは、息子ダニーの最後の証言なのですが、これも深く考えさせられます。そして、カンヌ映画祭で「パルムドッグ賞」受賞の名演技を見せた、愛犬スヌープの存在も目が離せません。罵り合い、攻撃、慰め、自己弁護の言葉が飛び交う中、言葉によらないコミュニケーションをするこの愛犬が、深いところにある真実を知っているかのような振る舞いをするのです。(ラスト、スヌープがサンドラに寄り添うのが意味深のような….)
 容易に自分の心の内側を見せないサンドラを演じた、ザンドラ・ヒュラーの演技も注目です。2時間30分の映画ですが、長さを感じさせません。


レティシア書房ギャラリー案内
2/28(水)〜3/10(日) 水口日和個展(野菜画)
3/13(水)〜3/24(日)北岡広子銅版画展
3/27(水)~4/7(日)tataguti作品展「手描友禅と微生物」

⭐️入荷ご案内モノ・ホーミー「貝がら千話7」(2100円)
平川克美「ひとが詩人になるとき」(2090円)
石川美子「山と言葉のあいだ」(2860円)
最相葉月「母の最終講義」(1980円)
古賀及子「おくれ毛で風を切れ」(1980円)
文雲てん「Lamplight poem」(1800円)
「雑居雑感vol1~3」(各1000円)
「NEKKO issue3働く」(1200円)
ジョンとポール「いいなアメリカ」(1430円)
坂巻弓華「寓話集」(2420円)
「コトノネvol49/職場はもっと自由になれる」(1100円)
「410視点の見本帳」創刊号(2500円)
_RITA MAGAZINE「テクノロジーに利他はあるのか?」(2640円)
福島聡「明日、ぼくは店の棚からヘイト本を外せるだろうか」(3300円)
飯沢耕太郎「トリロジー」(2420円)
北田博充編「本屋のミライとカタチ」(1870円)
友田とん「パリのガイドブックで東京の町を闊歩する3 先人は遅れてくる」(著者サイン入り!)


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