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レティシア書房店長日誌

草生亜希子「逃げても、逃げてもシェイクスピアー翻訳家・松岡一子の仕事」
 
 
松岡和子。1942年満州国生まれ。敗戦後、父は捕えられシベリアに抑留。1946年、母は小さい子供3人を連れて引き揚げ。和子は大学卒業後、劇団雲の研究生になりシェイクスピアに出会う。1961年、ちくま文庫から「シェイクスピア全集1ハムレット」を刊行。その後25年をかけてシェイクスピアの全戯曲を完訳し、同文庫から発売。

 「逃げても、逃げてもシェイクスピアー翻訳家・松岡一子の仕事」(新刊1980円)は、シェイクスピアに生涯を捧げた松岡のノンフィクションです。とてつもなく面白い!「第1章 父と母」、極寒の地に抑留された父茂の獄中生活は熾烈を極め、母幸子は生まれたばかりの松岡の弟を連れて日本に戻るまで苦労の連続です。
 「第二章 学生時代」では、「あらゆる出来事に心を動かし、それを大仰な言葉で表現するアン。辛いことがあっても想像力で跳ね飛ばし、明日への希望を失わないアン。和子はアンに共感し、自分に重ねる中で『外国の物語を日本語にする仕事っていいな』と思うようになる。これが、翻訳家としての松岡和子の原点かもしれない。」と著者は書いています。村岡花子訳の「赤毛のアン」が原点なのです。
 その後、東京女子大に進学し、英文科に席を置きます。ここで、「シェイクスピア研究会」に顔を出すのですが、あまりの難しさに逃げます。これが彼女にとっての「シェイクスピアからの逃走」の始まりでした。在学中から戯曲を読む楽しみにはまり、劇団員募集していた「劇団雲」に研究生になります。そこで、英語の演劇をやるならシェイクスピアをきちんと学ぶ必要性を感じ、東大大学院に入ります。しかしここでの授業がべらぼうに難しく、再び「シェイクスピアから逃走」。
 紆余曲折を経て、戯曲翻訳の世界へと向かいます。そのきっかけの一つを作ったのが額田やえ子でした。「刑事コロンボ」で「my wife」に「うちのかみさん」という名訳をあてた人です。演劇界で彼女は生涯の友となる演出家串田和美に出会います。そして「せっかく『真夏の夜の夢』をやるんだったら、まったくの新作戯曲をやるつもりで、自分もフレッシュな先入観のない気持ちでやりたい。」と串田演出「真夏の夜の夢」の新訳を依頼されます。これがシェイクスピア全訳への第一歩でした。
 その後、彼女は演出家蜷川幸雄との出会いを通して、大きく人生の方向を変えてゆくことになります。蜷川との出会いがなければ「28年かけてシェイクスピア全戯曲を翻訳して舞台化に立ち会えるような人生を歩むことはなかった。」
 本書後半は、いかにシェイクスピアと格闘したのかが、原文を提示しながら書かれています。シェイクスピア初心者の私も、英語表現の微妙な言い回しに、なるほどと思いました。しかし、日本語のしかも舞台用の言葉に変えてゆく難しさも語られています。蜷川演出「ジュリアスシーザー」でブルータスを演じた阿部寛は「松岡和子さんは男たちのドラマを実に巧みに腑に落ちる言葉に訳してくださった。」と公演パンフで発言しています。
 「この世界すべてが一つの舞台、人はみな男も女も役者に過ぎない。それぞれに登場があり、退場がある」(「お気に召すまま」第二幕)この言葉を松岡は抱いて生きてきました。「自分の退場シーンが来るまでは精一杯生き切るのだと思いながら。強い覚悟を持って。」

●レティシア書房ギャラリー案内
4/24(水)〜5/5(日)松本紀子写真展
5/8(水)〜5/19(日)ふくら恵展「余計なことかも知れませんが....」
5/22(水)〜6/2(日)「おすよ おすよ」よしだるみ新作絵本出版記念原画展

⭐️入荷ご案内モノ・ホーミー「貝がら千話7」(2100円)
野津恵子「忠吉語録」(1980円)
ジョンとポール「いいなアメリカ」(1430円)
坂巻弓華「寓話集」(2420円)
福島聡「明日、ぼくは店の棚からヘイト本を外せるだろうか」(3300円)
きくちゆみこ「だめをだいじょうぶにしてゆく日々だよ」(2090円)
北田博充編「本屋のミライとカタチ」(1870円)
友田とん「パリのガイドブックで東京の町を闊歩する3 先人は遅れてくる」(1870円/著者サイン入り!)
平田提「武庫之荘で暮らす」(1000円)
川上幸之介「パンクの系譜学」(2860円)
町田康「くるぶし」(2860円円)
Kai「Kaiのチャクラケアブック」(8800円)
「うみかじ7号」(フリーマガジン)
早乙女ぐりこ「速く、ぐりこ!もっと速く!」(1980円)
益田ミリ「今日の人生3」(1760円)
島田潤一郎「長い読書」(2530円
つげ義春「つげ義春が語る旅と隠遁」(2530円)

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