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レティシア書房店長日誌

江國香織「読んでばっか」
 
 書評でも文芸評論でも、あるいは映画&音楽評論でも、「〜である」調のものはあまり読まないようにしています。どこか上から目線のように思えるのです。実際、一時のジャズ評論はそういうのが多くて、辟易したものでした。
 でも江國香織の新刊「読んでばっか」(1980円)は、書評集とは思えないほど楽しくて、ウキウキしてきて、どんどん読んでしまいました。
 

 「子供のころ、家の近くに野すみれの群生する場所があった。夕暮れにその場所に立っていると、まわりにたくさんいるしじみ蝶と小さな花々の区別がふいにつかなくなる瞬間がくる。どんなに目を凝らしていても、ほんとうにふいにくるのだ。やがてその瞬間がほどけて蝶がまた蝶に見え、ひらりと動いたりするのだけれど、じっと見つめているうちに、またその両者は溶け合ってしまう。私はいつも、惚けたようにそれを見ていた。友達が帰ってしまってもその場から動けず、息をつめ、ただ目を凝らして。」と、こんな文書で始まるのは、川上未映子の小説について書いているものです。
 「川上未映子さんの小説を読むことは、あの夕暮れに身を置くことに似ている。ひとことで言ってしまうとマジカルなのだ。」これは川上未映子の小説を読んでみたくなります。勿体ぶった書き方だと思われるかもしれませんが、著者がこの小説家のリスペクトし、自分の言葉で魅力を伝えてくれていると思います。
 「私がいつも陶然となるのは、小説を構成する言葉一つ一つの精度の高さと驚くべき緊密度、熱量、そして妥協も容赦も躊躇もない突き進み具合で、読むたびに読む喜びにふるえる。同世代の作家のなかで、たぶん作家としての体力が桁違いなのだ。”共感”に重きを置いているように見える作家が多いなかで、”共感”など目もくれず、一人で、”その先”へ行こうとする勇敢さがすばらしい。」これは、金原ひとみの魅力について。もう、金原へのエールですね。こうまで書かれると、金原の「アンソーシャルディスタンス」や、「アタラクシア」を手に取ってみたくなります。
 私も何度もページをめくったアンドレ・ケルテスの「ON READING」という写真集は、タイトル通り、何かを読む人を様々な角度から写したものです。江國は、こんなふうに語ります。
 「読書など平和なときのもの、と私は思わない。むしろいきなり平和な日常が奪われたとき、人はそれまで以上に切実に、読むことを必要とするだろう。たとえば大切な人からの手紙を、やっと手に入った新聞を、手放せなかった一冊の本を、逃げるときに荷物につめた、子どもの気に入りの絵本を。
 戦争という異常事態にある場所に、読むものがありますようにと私は願う。あっても何かの解決にはならないし、正しい情報を伝えたいという志あるジャーナリストは殺されてしまうかもしれない。それでも人が正気を保つために、読むものがありますようにと私は願う。現実逃避でも何でも構わないではないか。」
 山本容子の装画も素敵で、瑞々しくて、深いエッセイでした。世界中の戦火の街に「読むもの」がありますように。

●レティシア書房ギャラリー案内
7/10(水)〜7/21(日)切り絵展「図鑑と地図」 後藤郁子作品展
7/24(水)〜8/4(日)「夏の本たち」croixille &レティシア 書房の古本市
8/21(水)〜9/1(日) 「わたしの好きな色』やまなかさおり絵本展

⭐️入荷ご案内
Kai「Kaiのチャクラケアブック」(8800円)早乙女ぐりこ「速く、ぐりこ!もっと速く!」(1980円)
子鹿&紫都香「キッチンドランカーの本2」(660円)
夏森かぶと「本と抵抗」(660円)
加藤和彦「あの素晴らしい日々」(3300円)
若林理砂「謎の症状」(1980円)
宇田智子「すこし広くなった」(1980円)
おぼけん「新百姓宣言」(1100円)
仕事文脈vol.24「反戦と仕事」(1100円)
些末事研究vol.9-結婚とは何だろうか」(700円)
今日マチ子「きみのまち」(2200円)
秋峰善「夏葉社日記」(1650円)
「B面の歌を聴け」(990円)
辻山良雄「しぶとい10人の本屋」(2310円)
辺野古発「うみかじ8号」(フリーペーパー)
夕暮宇宙船「小さき者たちへ」(1100円)
「超個人的時間紀行」(1650円)
柏原萌&村田菜穂「存在している 書肆室編」(1430円)
「フォロンを追いかけてtouching FOLON Book1」(2200円)
庄野千寿子「誕生日のアップルパイ」(2420円)
稲垣えみ子&大原扁理「シン・ファイヤー」(2200円)
「中川敬とリクオにきく 音楽と政治と暮らし」(500円)
くぼやまさとる「ジマンネの木」(1980円)
おしどり浴場組合「銭湯生活no.3」(1100円)

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