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レティシア書房店長日誌

荒井裕樹「まとまらない言葉を生きる」
 
 「憎悪表現は、ふりまく側にとってみれば自分なりの正義を叫んでいるのかもしれない。でも、そうした言葉をよくよく聞いてみると、卑近な嫌悪感が卑俗な正義感をまとっているだけだったりする。 『言葉が壊される』というのは、ひとつには、人の尊厳を傷つけるような言葉が発せられること、そうした言葉が生活園にまぎれ込んでいることへのためらいの感覚が薄くなってきた、ということだ。」
 社会的に大きな力を持った人や政治家が、対話を一方的に打ち切ったり、説明を拒絶したり、対立を煽る言葉をやたら連発する昨今、著者は、立ち止まって、そうした言葉の壊れに抗うために、言葉の力を信じるために、本書をスタートしました。(本書のオリジナルはネットで連載された「黙らなかった人たち」で、紙の本にするに際して改題、加筆修正したものです/古書1600円)
 

 著者は、障害者文化論、日本近現代文学の研究者です。著者によれば、学生時代に、とても誠実な自己表現をする人たちに出会います。それは、障害があったり病気であったりして日々の生活がままにならない人たちが、”自分らしい言葉”で社会の理不尽に抗い、自分の人生を全うしてゆく言葉です。全17話には、障害者、性的少数者、生活困窮者等々、「心ない言葉」を投げつけられている人々が数多く登場します。
 「新井君、評価されようと思うなよ。人は自分の想像力の範囲内に収まるものしか評価しない。だから、誰かから評価されるというのは、その人の想像力の範囲内に収まることなんだよ。人の想像力を超えていきなさい。」これは、障害者運動家で、文筆家・俳人である花田春兆氏の言葉です。
 著者はひたすら、彼の言葉を考えます。評価されたい!という気分がオーバーすると、自分の論理や正当性よりも注目されることに傾いてしまいます。「自分が悩み、もだえながら考えていることを、相手の興味関心に収まるように、相手の想像力の範囲内に収まるように、切り詰めて、スケールダウンして書く ー それがどれだけつらいことか、果たしてわかってもらえるだろうか。 それとも、もうこの時代、ペン先に描き手の葛藤や苦悶を織り込むような文章は求められていないのだろうか。だとしたら、そんな時代に背を向けて、『評価されない』ことを誇りにさえ思いたい。」とこの章を結んでいます。
 「短くてわかりやすいフレーズ」こそ王道みたいなこの時代、そうでないものは消去されていきます。いや、そうじゃないのだ、「短い言葉」では説明できない「言葉の力」を、著者は積み重ねていきます。社会問題を考える文学者として著者が警戒していることの一つが、無意識に使われるようになった「自己責任」という言葉です。この言葉を投げつけられて傷ついた人々が多くいます。「自己責任という言葉で人々が苦しめられていることを特に理不尽だと思わない社会」を次の世代に引き渡さないために、著者はこう考えます。
 「『自己責任』という言葉が、『人を孤立させる言葉』だとしたら、『人を孤立させない言葉』を探し、分かち合っていくことが必要だ。一人の文学者として、そうした『言葉探し』を続けていこうと思う。」
 言葉の持つ力を実感させてくれる魂のこもった一冊でした。

●レティシア書房ギャラリー案内
7/10(水)〜7/21(日)切り絵展「図鑑と地図」 後藤郁子作品展
7/24(水)〜8/4(日)「夏の本たち」croixille &レティシア 書房の古本市
8/21(水)〜9/1(日) 「わたしの好きな色』やまなかさおり絵本展

⭐️入荷ご案内
Kai「Kaiのチャクラケアブック」(8800円)早乙女ぐりこ「速く、ぐりこ!もっと速く!」(1980円)
子鹿&紫都香「キッチンドランカーの本2」(660円)
夏森かぶと「本と抵抗」(660円)
加藤和彦「あの素晴らしい日々」(3300円)
若林理砂「謎の症状」(1980円)
宇田智子「すこし広くなった」(1980円)
おぼけん「新百姓宣言」(1100円)
仕事文脈vol.24「反戦と仕事」(1100円)
些末事研究vol.9-結婚とは何だろうか」(700円)
今日マチ子「きみのまち」(2200円)
秋峰善「夏葉社日記」(1650円)
「B面の歌を聴け」(990円)
辻山良雄「しぶとい10人の本屋」(2310円)
辺野古発「うみかじ8号」(フリーペーパー)
夕暮宇宙船「小さき者たちへ」(1100円)
「超個人的時間紀行」(1650円)
柏原萌&村田菜穂「存在している 書肆室編」(1430円)
「フォロンを追いかけてtouching FOLON Book1」(2200円)
庄野千寿子「誕生日のアップルパイ」(2420円)
稲垣えみ子&大原扁理「シン・ファイヤー」(2200円)
「中川敬とリクオにきく 音楽と政治と暮らし」(500円)
くぼやまさとる「ジマンネの木」(1980円)
おしどり浴場組合「銭湯生活no.3」(1100円)


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