見出し画像

レティシア書房店長日誌

江國香織「シェニール織とか黄肉のメロンとか」(新刊1870円)

 主な登場人物は3人。事件はほとんど何も起こらない。穏やかに始まって、そのまま終わる。268ページの長編小説が、めっぽう面白い!作家の力量が試されるような小説だと思いました。

 長く外資系の会社に勤務して、イギリスで暮らしていた理枝が、会社を辞めて帰国。学生時代から友人の民子の家に、新居を見つけるまでという条件で居候を始めます。民子は、エッセイや小説を雑誌等に発表しているプロの作家。母の薫との二人暮らしです。そこへもう一人の学生時代からの親友、早希も寄ってきます。早希だけが結婚していて、夫は定年間近で男の子が二人、一人はすでに家を出ています。そういうバックグラウンドから考えると、彼女たちの年齢は50代後半になります。
 活発に動き回る理枝を中心にして、人生の後半に入ってきた三人の日常が淡々と描かれていきます。著者は三人の周囲にちょっと”へんな人”を配置して、読者は退屈しません。理枝の新しい恋人で保育園の園長で「バツ2」の香坂。民子の将来を案じながらもスポーツクラブに通うことを辞めない母の薫。女装してガールフレンドのあいりと競艇に夢中な朔本は理枝の甥。さらには民子の元恋人で、大手広告会社を退職して家事に楽しみを見つける百地。彼らが三人の周りをふわふわと浮遊しているのです。
 タイトルになっている「シェニー ル織」には深い意味が隠されています。
早希が、スマートフォンの「シェニー ル織」の画像を民子に見せます。シェニー ル織は、三人が学生時代に小説などで読んでいるだけで正体がわからないゆえに想像を掻き立てられて、憧れていたものでした。簡単に検索された画像のそれは、つまらない織物のように見えて昔の憧れがバッサリと消えてゆく。年をとってゆくにつれ、夢がさめて現実的になっていくことを象徴的に表しています。
 早希が、施設に入院している義母のために紙おむつを買おうとした時に、急に決まった息子の婚約者が、いずれは自分のために紙おむつを用意するイメージにとらわれてしまうシーンは、なかなかリアルでした。
 物語は理枝が葉山に家を見つけて、引越しをするところで幕が閉じます。人生は穏やかで、安らかであって欲しい。それが現実ではなかなか困難だからこそ、穏やかに始まり穏やかに終わってゆく物語が、魅力的なのかもしれません。

●レティシア書房ギャラリー案内
11/29(水)〜 12/10(日)「中村ちとせ銅版画展」
12/13(水)〜 24(日)「加藤ますみZUS作品展」(フェルト)
12/26(火)〜 1/7(日)「平山奈美作品展」(木版画)

●年始年末営業案内
年内は28日(木)まで *なお26日(火)は営業いたします。
年始は1月5日(金)より通常営業いたします


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?