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レティシア書房店長日誌

藤本和子「ペルーからきた私の娘」
 
 著者の藤本和子は、リチャード・ブローディガン、トニ・モリスンなどのアメリカ文学の翻訳者として活躍する一方で、エッセイストとしても傑作を世に送り出しています。「イリノイ遠景近景」(筑摩文庫990円)、「ブルースだってただの唄 黒人女性の仕事と生活」(筑摩文庫800円)ほか多数。本書「ペルーからきたわたしの娘」は1984年に刊行された名著を新装版として復刊させたものです。(新刊1980円)
 

 ユダヤ人の夫と著者、そしてペルーからやってきた娘ヤエル。異なる文化的背景を持った三人が、アメリカの小さな町で暮らし始めた日々を見つめ、そこから見えてくるアメリカの庶民たちの姿を描き出していきます。
 「養い親となった女と男も、つれあいとなって一緒に暮すまでは他人どうしだった。それがチームのようになってずっと暮らしてきた。そしてまた新たに、小さなあなたがよそからやってきてチームに加わり、三人の共同の暮しが始まる。それが仮に家族と呼ばれているわけだけれど、それにしても、もともと何も関係のなかった三人が、なにもかも分け合って一緒に暮すことになるという不思議さはどうだ。しかもこの三人ときたら、生まれたくにまでそれぞれ違う。三人は三つの異なる旅券を持って旅をする。」
 自分のおなかを痛めて産んだ娘ではありません。けれど、娘に対する視線はどこまでも優しく、愛情深い。そして、冷静に娘を見ているのです。彼女がボランティアに行った病院で患者に向ける視線も同じで、一時の憐憫の感情に惑わされることなく、対面した入院患者の心の奥にある本質を見ようと努力するのが著者なのです。
 彼女は、北米に住む黒人女性たちの元を訪ねては、さまざまな話を聞くという作業を行ってきました。「わたしは彼女らの話を聞くことで、底辺におかれた女たちが『生きのびる』という言葉を発する時には、そこには人間としての尊厳を失わずに生き続けるという意味がいつも含まれていることを学んだ。」と書いています。「たましいの遺産」の章は、七十歳を超えたヘレン・ブレホンという女性からの聞き書きです。彼女が、家政婦をやっていた自分の母のことを語り出します。それを著者はこうまとめます。
 「家政婦をしていたヘレンの母は、しかし、時代に先駆け、自らの土地を手に入れることまでした女性だった。黒人は怖れて、そのようなことを企てなかった時代のことで、その結果白人の反感を買い、家は焼かれたが、それでも彼女はへこたれず、二度同じことを試みた。アトランタのバスの前扉から乗り込み、降りる時にはまた前扉から降りた、ということもあった。黒人は後扉から乗り、後座席に座り、後扉から下車せよ、とされていた時代のことである。車掌が『おいクロンボ、クロンボは前から乗り降りしちゃならないぜ』というのを無視してそうしただけではない。降車する際、彼女はつかつかと車掌に近より、ズボンをつかんでバスから文字通りつまみ出したという話である。」
 母親の魂を引き継いだヘレンは、世間に屈することなく学びながら働き続けてきました。このような名もなき、強い女性たちを著者はしっかりと見つめるのです。
 
休業のお知らせ 7月1日(月)〜5日(金)お休みいたします。

●レティシア書房ギャラリー案内
6/19(水)〜6/30(日)書籍「草花の便り」出版記念原画展 西山裕子
7/10(水)〜7/21(日)切り絵展「図鑑と地図」 後藤郁子作品展
7/24(水)〜8/4(日)「夏の本たち」croixille &レティシア 書房の古本市

⭐️入荷ご案内
Kai「Kaiのチャクラケアブック」(8800円)早乙女ぐりこ「速く、ぐりこ!もっと速く!」(1980円)
つげ義春「つげ義春が語る旅と隠遁」(2530円)
山本英子「キミは文学を知らない」(2200円)
たやさないvol.4「恥ずかしげもなく、野心を語る」(1100円)
子鹿&紫都香「キッチンドランカーの本」(660円)
夏森かぶと「本と抵抗」(660円)
加藤和彦「あの素晴らしい日々」(3300円)
Troublemakers (3600円)
若林理砂「謎の症状」(1980円)
宇田智子「すこし広くなった」(1980円)
おぼけん「新百姓宣言」(1100円)
仕事文脈vol.24「反戦と仕事」(1100円)
降矢聰+吉田夏生編「ウィメンズ・ムービー・ブレックファスト
(2530円)
「些末事研究vol.9-結婚とは何だろうか」(700円)
今日マチ子「きみのまち」(2200円)
秋峰善「夏葉社日記」(1650円)
「B面の歌を聴け」(990円)
「本と本屋とわたしの話vol.21」(300円)
辻山良雄「しぶとい10人の本屋」(2310円)
辺野古発「うみかじ8号」(フリーペーパー)
夕暮宇宙船「小さき者たちへ」(1100円)
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