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レティシア書房店長日誌

岩瀬成子著「まだら模様の日々」
 
 著者は、1950年山口県生まれの児童文学者です。「朝はだんだん見えてくる」で日本児童文学者協会新人賞、「そのぬくもりはきえない」で日本児童文学者協会賞を受賞、数多くの作品を世に送り出してきました。本書は、エッセイ「まだらな毎日」と「連作短編釘乃の穴」を組み合わせた最新作です。久々に、正統派のエッセイを堪能しました。
 

 著者が小さい時の家族を描いた「玄関」にこんな描写があります。
 「縁側の雨戸はすでに閉められている。玄関の前にいつもつながれているシロも、犬小屋と一緒に土間に入れられている。これからどんなことが起きるのか想像もつかないのに、いつもより早く帰ってきた父が動きまわるのが珍しく、家のなかでは母も動きまわって荷造りをしていたし、わくわくしながら台風を待った。 母と二人目のねえやさんのふさちゃんは台所でおにぎりをこしらえていた。水筒にお茶を詰め、板の間には母が荷造りした風呂敷包や、バッグや、リュックが並べてある。暗くなると風の音はいよいよ強まり、ときおり家がみしみしと揺れた。電気は点かなくなっていて、ランプを灯して、その下で丸く座っておにぎりを食べた。父も母も、ふさちゃんもいて、みんな一つの部屋に固まって、なんだか家族で遠足しているみたいでちっとも怖い気がしない。」
 「わくわくしながら台風を待った。」なんて気分、今の人に理解できるでしょうか。昨今のニュースで見聞きする根こそぎ破壊するような台風は、ただただ恐怖でしかありません。けれども、こんなこともあったのです。私も覚えがあります。停電になってみんなが一つの部屋で固まっている。でも、全然怖くない………。
 著者の小学校時代の日々が、数多く丁寧に描かれています。私と著者は5歳ほどしか離れていないので、どのエピソードにも親近感がありました。
 母親との関係に少し問題があった反面、著者にとって父親はいつも優しい存在でした。
 「若いときに朝鮮に渡り、どのようにしてか広い農地を手に入れて、その地で二十年も過ごし、朝鮮総督府の前で威張って記念写真に収まっている。四十三、四歳で引揚げて坑木を扱う会社を興し、町議会議員になり、そして五十八歳で死んだ。わたしには優しかった父がどんな考えを持っていたのか、何を大事に思って生きていたのか、確かめようもない。」父は著者が八歳のとき、くも膜下出血で亡くなりました。
 父との思い出、母とのいざこざ、日々出会う多くの人たちとの思い出等々が、過度なノスタルジーに陥ることなく、淡々と描かれていきます。
 母とぶつかったとき、「いまにわたしが死んだら、親のありがたみがようわかるよ」と言われます。「わたしはその言葉が何より嫌いだった。それは脅しだった。『あんたもいつか、自分の子どもができたら、そんときゃ初めて親の気持ちってもんがわかるよ』とも言った。 そして時は流れて、わたしは子どもを持った。親になってみてわかったのは、親なんて未熟な人間に過ぎない、ということだった。」
 クールな視線も必ず備えていて、だから、昔は良かったよねで終始しません。素敵なエッセイです。

⭐️夏期休暇のお知らせ 8月5日(月)〜9日(金)休業いたします

●レティシア書房ギャラリー案内
7/10(水)〜7/21(日)切り絵展「図鑑と地図」 後藤郁子作品展
7/24(水)〜8/4(日)「夏の本たち」croixille &レティシア 書房の古本市
8/21(水)〜9/1(日) 「わたしの好きな色』やまなかさおり絵本展

⭐️入荷ご案内
Kai「Kaiのチャクラケアブック」(8800円)早乙女ぐりこ「速く、ぐりこ!もっと速く!」(1980円)
子鹿&紫都香「キッチンドランカーの本2」(660円)
夏森かぶと「本と抵抗」(660円)
加藤和彦「あの素晴らしい日々」(3300円)
若林理砂「謎の症状」(1980円)
宇田智子「すこし広くなった」(1980円)
おぼけん「新百姓宣言」(1100円)
仕事文脈vol.24「反戦と仕事」(1100円)
些末事研究vol.9-結婚とは何だろうか」(700円)
今日マチ子「きみのまち」(2200円)
秋峰善「夏葉社日記」(1650円)
「B面の歌を聴け」(990円)
辻山良雄「しぶとい10人の本屋」(2310円)
辺野古発「うみかじ8号」(フリーペーパー)
夕暮宇宙船「小さき者たちへ」(1100円)
「超個人的時間紀行」(1650円)
柏原萌&村田菜穂「存在している 書肆室編」(1430円)
「フォロンを追いかけてtouching FOLON Book1」(2200円)
庄野千寿子「誕生日のアップルパイ」(2420円)
稲垣えみ子&大原扁理「シン・ファイヤー」(2200円)
「中川敬とリクオにきく 音楽と政治と暮らし」(500円)
くぼやまさとる「ジマンネの木」(1980円)
おしどり浴場組合「銭湯生活no.3」(1100円)
「てくり33号」(770円)
岡真理・小山哲・藤原辰史「パレスチナのこと」(1980円)

 

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