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地獄行きオクトーバー (2/10)


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 ロザリオを首にかけ、着替えを終える。部屋を出ると、お姉が四方八方から視線で撫でまわしてきた。

「ほうほう。控えめながらもフリフリのドレスっぽい装飾のきいたシスター服ですな。癪だが中々そそるモノがある。オタク受けしそうだわ」
「そりゃどうも」
「袖口ひろいね。風とか入って寒くない?」
「平気だよ。今日は晴れててあったかいし」

 というわけで、わたしたちはさっそく聞き込みを開始した。お隣さんに始まり、さらにそのご近所、ご近所と辿っていくと、思っていたより広範囲でペットが失血死したという話が聞こえてきた。グーグルマップで事件のあった場所にピンを刺していき、結果、それらは森林公園を中心とする円を描いていると分析できた。

 そして夜。
 春麗チュンリーコスのおばちゃんが接客してくれるラーメン屋で食事をとったあと、わたしたちはその森林公園を訪れている。

「なーんかほとんど人いないわね」

 デザートのソフトクリームを淫靡に舐めながら、お姉は言う。

「平日の夜だし。そういうご時世だから」
「この美人姉妹を見せつけられないのは残念だけど、獲物を探しやすいのはいいかもね。でも気を付けなよ。敵はチュパカブラに限らないんだから」

 たしかに、モラルと知能の低そうなウェイ系連中はちょいちょい見かける。この中に魔族が混じってる可能性はあるかもしれない。隣にサキュバスが実際いるし。
 たとえば前方からやってくる、白塗りオールバックの吸血鬼とミイラ男なんかは……。

「あれ? もしかしてお前、マリアか?」

 吸血鬼が話しかけてきた。
 お姉はきょとんと間を置いてから、「おお!」と声をあげる。

「浦野っちじゃん、懐かしー! 成人式以来?」
「だな。お前それサキュバスのコス? めっちゃ気合い入ってるじゃん」
「コスじゃないよ。本物になったのさ、あたし」
「マジ? すげえな」

 思い出した。浦野さんはお姉の高校時代の同級生だ。お姉とは付き合ってるんだかいないんだか微妙な関係で、三回くらい家に遊びにきて終わりだったはず。まあ悪い人ではない。

「そっちは妹のミナちゃん? 大人になったなー。シスター衣装もすげえ似合ってるよ」
「どうも」
「オレは見ての通りドラキュラ。どう、よくない?」
「全然ダメです。ドラキュラ伯爵を冒涜してます。せめてあと二十年は渋みと貫録を蓄えてからにしてください」
「めっちゃ辛辣」
「この子ゲイリー・オールドマンのファンだから。映画でドラキュラ役やってたのよ」

 大ファンだ。イケオジでないドラキュラ伯爵などわたしは認めない。

「そんで、そっちのミイラ男は?」
「ああ、こいつは……」

 パシャリ。わたしは思わず目をつむった。ミイラ男が突然、首からさげたカメラでフラッシュを焚いたのだ。

「こら、及川! マナー違反だろが! 許可もとってねえ!」
「あ。す、すみません。その、あんまりお綺麗だったもので」

 ミイラ男はぺこぺこと頭を下げた。

「ったく……。二人とも悪いな。こいつは及川。職場の後輩だ。写真が趣味だっつうから街の風物詩を撮ってもらおうと思って連れてきた」
「及川です。ほんとうに失礼しました」

 及川さんはまた頭を下げる。包帯でくぐもってるけど、後輩感のあるさわやか声だ。わたしは隠れた顔を勝手に想像した。

「実をいうと、あんまり乗り気じゃなかったんですよ。別にハロウィンは好きでもないし、ふだん撮ってるのも風景写真ですし。先輩のコスプレ姿なんか撮ってもデータの無駄ですしね」
「何だとこら」
「でも来てよかったです。だってこんなに綺麗な方に出会えたんですからね」

 気障ったいセリフだ。まあ、お姉の美貌を前にしたなら当然の反応ではある。

「おうおう、見る目のある後輩くんね。特別に超エッチなポーズで撮らせてあげよう。SNSに上げてもいいよ。BANされちゃうだろうけど」
「え? あっはい、上げません」

 パシャリ。パシャリ。お姉の撮影会がはじまった。撮るたびにどんどんポーズが際どくなっていく。浦野さんは「あとでオレにもくれ」などと言っている。
 お姉の魅力が広まっていくのは誇らしいことだ。でもいいのかな。チュパカブラを探しに来たはずなんだけど……。

「あの、ちょっといいですか」及川さんが手をあげる。そして何故かわたしを見た。「あのですね、よろしかったら、ぜひ妹さんも……」

 コカカカカ。

 変な音がした。
 わたしたち四人は顔を見合わせる。

「なんだ、今の音?」
「ジャングルで鳴ってそうな音だったわね」

 コカカカカ。
 また鳴った。さっきより近い。

「僕、聞いたことありますよ。映画に出てくるクリーチャーの声で」
「映画、ですか?」
「はい。全然おもしろくないB級映画なんですけど。なんだっけなあ。なんかのUMAをテーマにした……」

 UMA。まさか。

「もしかして、それってチュパ……」
「コカカカカーッ!!」

 唐突だった。長い舌をチュロチュロさせた緑色の化け物が、わたしたちに襲いかかってきたのだ!

「出たなてめえサキュバスパンチを喰らえーッ!!」
「コカーッ!?」

 お姉の拳が顔面に炸裂! 化け物は螺旋状に回転しながら吹っ飛ばされ、木にぶつかって落下した。

「おい、何だあいつは!?」
「ぼ、僕、映画で観ました! 緑の肌に背中や後頭部に生えたトゲ! 吸血怪人チュパカブラです!」



【続く】


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