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地獄行きオクトーバー (3/10)


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 チュパカブラはふらつきながらも立ち上がる。お姉はアイスのコーンを口に放り込み、手についたクリームを舐めしゃぶりながら近付いていく。

「悪いわね。同じ地獄の生き物だけど、妹に手ぇ出すやつはブチ殺す」
「お姉! そいつ本物?」
「こんなベロの人間はいないでしょ」

 チュパカブラは真っ黒な眼球でお姉を睨みながら、細長い舌を真夏のミミズみたいにくねらせる。この舌を突き刺してチューチュー吸血するのだろう。悪い病気も移されそうだ。

「ミナ、離れちゃダメよ。男二人もそこにいて。もしもの時は精気タンクにすっから」
「コカカカカーッ!」

 チュパカブラが走り出した。
 お姉は前傾姿勢をとる。しなやかな背中から、尻、太腿、つま先にまで力が満ち、筋肉が硬く引き締まる。つややかに濡れた岩のようだ。
 ふたつの力が衝突した。衝撃波が森林公園の夜を駆けた。お互いの両手を掴むようにして押し合っている。二人の唸り声が重なって響く。優勢なのは……お姉の方だ!

「シューッ!」
「おっと!?」

 チュパカブラが舌を針のように鋭く伸ばした。眉間をまっすぐ狙ったそれを、お姉は首を傾けて躱す。そのせいで力が緩み、お姉が押され始めた。チュパカブラが邪悪な笑いに口を歪めた。

「コカッ、コカカカカッ!」
「けッ。バカにしてくれんじゃない。舌っつーのは刺すんじゃなくて舐めるためにあるんでしょうが、よッ!」

 お姉は右のつま先でチュパカブラの股間を蹴り上げた。浦野さんたちが「ひえっ」と悲鳴をあげた。
 チュパカブラの股間に生殖器は見当たらないけど、それなりに効いたらしい。怯んでいる。お姉は手を放し、距離をとった。

「あんた意外とカタいのね。じゃ、これはどう?」

 お姉は右腕を構える。すると紫色の炎のようなオーラが右腕を包み込んだ。やがてそれは手のひらに集まり、固体となった。一本の短刀に。

「百人のヤクザの魂を吸って覚えたスキル、ソウル・ドス生成よん」

 お姉は両手でドスを握り、腰だめに構える。そして突進した。

「死にさらせやゴルァーッ!!」
「コカーッ!?」

 ドスはチュパカブラの腹に深く突き刺さり、そのまま押し倒した。
 お姉はのしかかった。サキュバスに馬乗りになられたらもうダメだ。ヤツに勝ち目はない。お姉はドスを両手で握りなおし、何度もチュパカブラに振り下ろす!

「ギャーッハハハハハ!! なにが吸血怪人じゃい! 血ィ見んのはオドレの方じゃボゲェーッ!!」

 ドバッ、ドバッ、と噴き出す鮮血。お姉は青い肌にそれを浴び、ただ哄笑した。
 わたしは思わず両手を組んだ。

「お姉、かっこいい……」
「ああ。また惚れちまいそうだぜ」浦野さんがぼそりと呟いた。

 チュパカブラはもう動かなかった。お姉はすっくと立ち上がる。長い髪をひるがえし、こちらを振り返りながら、血塗れの顔で微笑んだ。

「はぁスッキリした。ミナ、もう帰ろ。タロの仇も討ったしね」
「あ……待って、お姉」

 たしかにチュパカブラは死んだ。でもわたしには、聞き込みをしてる時から気になってることがあった。被害に遭った動物の数が多すぎるのだ。もしかすると……。

 コカカカカ。

 言おうとした時だ。またあの音が響いてきた。

 コカカカカ。また。コカカカカ。コカカカカ。幾つも重なって。コカカカカ。コカカカカ。コカカカカ。コカカカカ。まるでカエルの大合唱。コカカカカ。コカカカカ。コカカカカコカカカカコカカカカコカカカカコカカカカコカカカカコカカカカコカカカカコカカカカ。

「「「「「コカカカカーッ!!!!!」」」」」

 四方から飛びかかる化け物たち。やっぱりだ。チュパカブラはたくさんいたんだ!

「だあーッ! 何よもう面倒くさいなァ!」
「コカカカカーッ!」「コカカカカーッ!」「コカカカカーッ!」

 お姉はソウル・ドスをさらに生成。二刀流で風のように立ちまわる。心臓や眼球を突き刺し、首筋や臓物を切り裂き、頭部や股間を蹴り砕いていく。けれどチュパカブラの数は尽きない。仲間の血に誘われたかのように、わらわらと木々の闇から現れてくる。
 いくらなんでも多すぎだ。このままじゃお姉が!

「お姉ッ!」
「心配すんな、妹よ。お姉がぜったい守ってやっかんね!」

 ちがうよ。心配なのはお姉の方だよ。
 いつもこうだ。わたしはお姉に守られてばかりいる。子供のころも。五年前も。

 今もそうか?
 ちがうだろ、わたしよ。

 わたしは決断し、歩き出す。浦野さんと及川さんが止めようとする。わたしは無視する。一匹のチュパカブラが気付く。お姉も。

「ダメよミナ! こっちに来ちゃ……!」
「コカカカカーッ!」

 チュパカブラがわたしに向かってきた。

 わたしは両腕を斜め下にバッと伸ばした。硬いものが両袖の内側を滑ってくる。手のひらに飛び出してきたその重みを、わたしはそれぞれの手に一丁ずつ、しっかりと握りしめた。

 グロック神聖ホーリーカスタム。銀の装束をほどこした自動拳銃オートマチック

「人に害なす魔族ども。神の名においてみな死すべし」

 撃った。二発の祝福されし9mmパラベラム弾が、チュパカブラの胴と頭部に突き刺さり、爆散させた。



【続く】


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