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幕間 8 山肌の砦にて
レイチェルたちがユーヒルに向けて出発する数日前のことである。
「フィリップさん、術師だ! 左後方!」
ケネトが警告を発した直後、岩陰に隠れていたゴブリンメイジが《ストーンブラスト》を放った。
多数の敵意をひき受けていたフィリップは、最後のゴブリンを鎚矛の一撃でかち割ると、素早く振り返った。大楯を地面に突きたて、飛来する無数の石礫をやり過ごす。重装備に似合わぬ機敏な動きであった。
「エメリくん、頼めるか!」
「まっかせて!」
エメリはひょいひょいと大岩を跳び上がる。背中を見せて逃げてゆくゴブリンメイジに落ち着いて狙いをつけ、矢をはなつ。会心の頭部命中。ゴブリンメイジはうつ伏せに倒れ、動かなくなった。
「これで最後だな!」フィリップは大きな声とともに、鎚矛を振り上げた。「みんな、よく戦ってくれた! 我々の勝利である!」
それぞれに戦っていた《ユニコーン騎士団》の兵たちも勝鬨で応えた。ケネトは深く息を吐いて、剣をおさめた。
「ケネトくんもよくやってくれた!」フィリップが近付いて言った。「特に最後の警告、助かったぞ! よく気付けたな!」
「たまたまだよ。なんか違和感があったんで」
「違和感? メイジを見つけたわけではないのか?」
「そう。うまく言えないんだけど、こう、背中がチリチリしたっていうか」
「ふむ」フィリップは腕を組んだ。「それはつまり、霊術が発動する気配を感じたということだろうな。君、霊術を学んだことは?」
「いや。字の読み書きすらまともに習ってない」
「君には霊術をあつかう才能があるかもしれない。私は教えることはできんが、一度どこかで学んでみると良いぞ。頼めばメイウッド商会が斡旋してくれる」
「うーん、霊術か……」
ケネトは霊術を使えるようになった自分を想像してみたが、今ひとつ実感できなかった。フィリップは笑った。
「まあ、すぐに決めなくても良いだろう! じっくり考えてみたまえ!」
「ああ、そうするよ」
「フィリップ」
ケネトは驚いた。いつの間にか、ミンミという名の少女がすぐそばにいた。ぴょこぴょこと飛び跳ねた青い長髪と陰気な雰囲気をあわせ持つ、どこかアンバランスな少女である。
「十匹、捕縛した。呪法の使い手はだめだった」
「殺したのか?」
「事故。集めた財宝を持って逃げ出して、崖から滑落した」
「なんだ、どうしようもないやつだな!」
「うん。クソマヌケ野郎だった」
ミンミはぼそぼそと辛辣な言葉を吐いた。
遠くでは、気絶した十匹ほどのゴブリンが檻に入れられ、砦から運び出されているところだった。《ユニコーン騎士団》はただ魔物を倒すだけでなく、研究材料とするために捕縛することもあるのだという。
研究材料。無学なケネトには、ぼんやりとおぞましい想像しかできない。魔物とはいえ哀れにも思えた。
ふと気が付くと、ミンミがこちらをじっと見ていた。陰気な割にまっすぐに向かってくる視線にケネトはたじろいだ。彼女は小首を傾げて言った。
「どうかしたか? 猪ケツ掘られ野郎」
「いや、別に……おいちょっと待て。その呼び名」
ケネトはしかめ面でエメリを探した。団員たちと話していた幼馴染は、にやりと笑って舌を出した。
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