朝露と土がねむるまで
近辺の魔術師が《至宝の森》とよぶ地の大樹から、少女の形をしたものが零れ落ちた。浅い泉がそれを受け止めると、無数のモザイクが碧色に明滅をくり返し、波紋となって水面を走った。
少女は身を起こし、濡れた白髪と裸身を空気にさらす。木叢をすり抜ける朝陽を見上げる。
「私はリーヴスラシル。……どこにいるの、私のリーヴ?」
彼女はひとりごち、泉を歩いた。モザイクの波紋が広がるたびに水の組成は変質し、銅に、銀に、水晶に、様々なものに姿をかえた。
少女は泉からあがる。モザイクが彼女のからだを覆い、裾のみじかいクリノリンドレスのような若草色の服を纏わせる。彼女は近くの古木に手をふれて、通信を要請した。
『おはよう、スラシル』古木が応えた。
「おはよう。世界はどうなった?」
『予言どおりじゃよ。冬は過ぎ、神々は滅びた。ただ、君の目覚めはずいぶんと遅かったな。それは予想外じゃ』
「そうみたいだね。ねえ、リーヴを知らない?」
『彼は儂が若木のころに目覚め、外界へ出て行ったよ』
「それは予定どおりの時期だった?」
『うむ』
スラシルは考え込んだ。巫女の予言せし《終末》が不可避となった段階で、世界は次代へと生命をつなぐ策を講じることにした。彼女とリーヴは新人類の祖となるためオーディンに造り出されたつがいで、黄昏が過ぎてから同時に目覚めるよう設定されたはず。なのに何故?
「ん……」
彼女は目線を土に落とし、それを見つけた。獣のものとは違ういくつもの足跡。測定する。直近は十八時間前のものだ。
「人類は再生したの?」
『うむ。ちょうどリーヴが出て行った後くらいからな』
「彼は私以外とつがったのかしら。それとも全く別のつがいが産んだ?」
『分からんが、見てほしいものがある』
古木は自身のログから映像を送付してきた。彼女はそれを開く。
スラシルの眠る大樹を見上げる男の映像だった。彼は幾度も訪れていた。彼女は彼の名を知っていた。旧人類の祖、アダム。
【続く】
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