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対称性の破れ 第一章

 序章で、「つづかない」とした1秒前のPn-1(A)=Σf(x)+C番目の僕だが、僕はPnだ。
4年前、大学院を出てスーパーゼネコン清水寺建設に入社する少し前、僕の大学院時代から話そうと思う。

 ─その前に。自分語りをするのは季節病の始まり、と思われるかもしれない。僕は完全にこれを否定しておく。僕がこうして物語るのは紀元前からの、ソクラテス以前の人びとも患っていた古の病気、中二病患者だから、とも言える。病んでいるどころか、かなりの重症になっている。

 僕は国内でもTOPクラスの国立筋肉大学理IIを卒業後、そのまま大学院へと進んだ。当時、僕はPδ(A)だった。修士課程では医学部基礎生理学の筋本先生の研究室に入った。
筋本先生の専門は筋繊維構造設計計算における自律神経と副交感神経および心肺と呼吸の変動をできる限りノイズ除去した状態で取り込むことだ。これは、情動行動全般の、つまり、欲望の変化を定量化できる可能性までも研究の対象領域に含む事ができる、かなり画期的な研究分野だ。筋本先生の指導のもとで僕はある論文を書き、先生がぽつりとこう言った。
「きみは、数学的センスが素晴らしいよ…この論文ならインパクトジャーナルに掲載されてもおかしくないかもしれないレベルだ」
「インパクトジャーナルって、何ですか?」
「世界的な権威のある、インパクトのある学会誌だよ。私の連名で出してみるかい?」
 僕はこれがその数年後に引き起こすある事件のトリガーになるなんてその時は思っても見なかった。ちょうどポスドクの金玉さんがコンビニ袋を手にぷらぷらさせながら研究室に戻ってきた。筋本先生よりも、金玉さんの方が実は僕を良く見てくれていた。そして研究のアイデアも1/3以上は金玉さんの発案だった。金玉さんは論理を飛躍して、つまり証明することなく定理を作り出すような、論文の書き方をたまにする。筋本先生には彼の理論が把握しきれなかったのだろう。あまり筋本先生の金玉さんへの印象は良くなく、いつも雑用ばかりさせられていた。そして、彼のアイデアや実験データはそのまま筋本先生のものとしてパクられる事が殆どだった。──こうしたことは医学部ではよくあることかも知れない──金玉さんは、それでも耐えて、助教のポストが空くのを待った。
「まあ、今週までに色々と考えよう。今日は娘の誕生日だから、私はこれで帰るよ。あとは金玉くんとPδ(A)くんとで戸締りと歯磨き忘れないように」

 金玉さんとふたりきりになると、金玉さんが僕にボソボソと話し始めた。
「Pδ(A)くんには、話しておかないといけないと思う」
金玉さんは小柄な割にさすがに国立マッスル大でポスドクを狙っているだけあって胸筋が素晴らしい。呼吸をするたびにTシャツが弾んだ。僕はそうした性癖ではなく、女の子が好きだけれど、それでも少しドキドキしていたのを今でも覚えている。
「何か不味い話なんですか?」
「……。ストレートに言うけど、筋本先生には気をつけた方がいい。研究を全部自分だけのものにするから……」
何となくは察していたことだった。だからあまり、そのこと自体には驚かなかった。
「じゃあ、インパクトジャーナルに出すとかっていうのも?」
「やめた方がいいかもしれない。少なくとも筋本先生の研究室では」
そう言うと、金玉さんは窓の外に広がる鉛色の二月の空を見つめた。
「金玉さん、いつもありがとうございます…。先生がいなかったら多分僕はこのアイデア殆ど形にする事なくただ漠然と修士課程を就職だけのために過ごしていたかも知れません」
「ん?Pδ(A)くんは研究室残らないの?」
「残らないですね…。博士課程に行けるほどの経済的余裕がありませんし」
「難しいね。君なら僕や筋本先生なんかより良い研究者になれる素質があるのに。僕はその…、実はアメリカへ行こうと思ってる。先々月のオーランドでの学会でシカルニー博士に誘われていて。追って手紙が来るはずなんだ」
そう言いながら金玉さんは少し目を輝かせたように見えた。
この人は、真のマッスルサイエンティストなんだ…、と僕は思わずにはその時居られなかった。
けれど、金玉さんがアメリカへ渡ることはなかった。金玉さんは、それから数週間後、いつものコンビニへ行く途中で怪しげな老婆に手相占いをしてもらい、あっさりと魔界で勇者になることへと路線変更した。

 人の運命、偶然や必然なんて、わからないのだ。明日という日を迎えなければ、何もわからないのだ。

この物語はフィクションです。
登場する人物や団体名は架空のものです。

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